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はいはい恋せよ乙女



バイトの制服は、浴衣を動きやすく改造したみたいなデザインで、その可愛さが気に入ったって言うのも、まあ私がここでバイトすることにした理由の一つではあった。

だから西谷に見られること自体が嫌なわけじゃ無い。ただ、

「ね、ナマエちゃんの友達ってどんな子達?」
「来たら言ってねー!」
「誕生日プレートサービスしたげないとね」

友達が誕生日なんで軽くお祝いとかしてもいいですかって店長に言ったらバイト全員に伝わってて、笑った。

なんていうか、なんか思いの外事が大きくなってしまった感がある。

菅原、部活終わりに西谷を連れ出さないか試してみるとは言ってたけど、でも確約じゃないし。
西谷は前に夜家の周りをうろついてたことあったから、まあ門限とかは平気だとは思うけど、でも普通誕生日当日ってお家の人がお祝いしてくれるものだよね。

……まあ、来れなかったら来れなかったで仕方ない。
そしたらバイト終わってから菅原から聞いたよって、おめでとうってメッセージでも送ろうっと。

なんて考えながら、いつも通りちんたら接客していた。

居酒屋の客は絡んでなんぼみたいなパリピから、無口でただお酒飲みたいだけみたいな感じ悪い人まで様々で、
絡まれるのが大好きな大学生のバイト仲間とかもいるけど、私はどんな客でも適当に躱してた。

そういうのは面倒くさいなって思ってたけど、大抵のお客さんは可愛いねって言ってくる程度だし、変な客には店長や周りのバイト仲間が近寄らせないように気を遣ってくれたから、なんていうか、環境としては悪くないバイト先だとは思ってる。





お会計のお客さんにお釣りを渡したタイミングで、入り口のドアが開いた。

「お客様何名様ですか?」

咄嗟に笑顔を作ると、

「ご、5人で……」

入ってきたのは笑いを堪えている、ジャージ姿のままの菅原だった。

「…………」

そんな菅原を見ないふりして、

「お客様、お足元お気をつけてお帰りください」

とりあえず会計を済ませた客を帰らす。と、

「おいおい折角来てやったのに冷たいなミョウジ」

菅原は未だにやにやしてくるので、イラっとしてその顔のホクロを久々に連打しておいた。

「よ、よぉ、邪魔するなー」

そう言って顔を出したのは東峰くんで。その長身強面で暖簾をくぐると、ますます社会人にしか見えなくて笑える。

「悪い、世話になるねミョウジ」

次に入ってきたのは澤村くん。確か新しい部長になってから話したことないけど、まさかそのドンが来るとは!

あ、いや顔だけで言ったらドンは東峰くんだけどさ。
澤村くんとは全く接点無いんだけど、まあ私は潔子とも菅原とも仲良いし、会えば挨拶くらいはする仲だった。

「澤村くんも!五人ってことは……」

菅原、東峰くん、澤村くん。残りは――、

「うおー!!ナマエさん!チッス!」

大本命西谷。と、まさか……潔子?

なんて期待も虚しく、

「うおっミョウジさんの和服っ眩しくて直視出来ねぇっ」

最後に暖簾をくぐったのは田中。

くっそ!そりゃそうだけど期待しちゃったじゃないかチクショー!
つーか西谷に言われたかった台詞お前が言ってんじゃねーぞ田中コラ!

なんて勝手にげんなりしていると、

「な!な!やっぱ天女なんだってナマエさんはー!」

西谷も田中の言葉に同意して飛び跳ねる。

うむ。田中、仕方ないな!許す!!
私が単純な脳で思っていると、

「お、ナマエちゃんの友達来たの?」

ホール仲間の大学生が声をかけてくる。

「あ、はい。すみません騒がしくて」

「大丈夫大丈夫!居酒屋だし。今伊達政宗空いてるよ」

一応すみませんと言っておくけど、もちろん相手が騒がしさなんかなんとも思っていないのなんか知ってた。
居酒屋なんてどんな時間も騒がしい客がいるものだし。

「おお!人気の部屋が空いてるなんてラッキーだよ」

場所が宮城だからか、伊達政宗の部屋はいつも人気で、大抵は予約で埋まっているのに今日は運良く空いていた。
これだけで西谷にはちょっとしたサプライズかな?
なんて思って振り向けば、

「マジすか!やったぜー!!」

案の定。
なんていうか西谷って、強い男とか好きだろうし武将も好きだろうって思ってたんだよね。はいはい独眼竜独眼竜。

なんて呆れながらもそんな些細なことで喜ぶ西谷を可愛いと思うから、はいはい恋せよ乙女って感じである。

「よし!じゃあそこの部屋入るぞ!いつまでもこんなとこで騒げないからな」

ぱんと両手を打ってそう言う澤村くんは、流石は部長。彼が話すだけで明らかに人の話をきかなそうな珍獣達も一瞬で表情を引き締めた。

「あ、そこの角の部屋!」

廊下の先を指差せば、

「了解!サンキュ!ミョウジ」

ご新規5名様は個室に向かって歩き出す。

かと思ったら、

「あ、西谷は待って!」

いきなり菅原が西谷を呼び止めて、

「ええー!?今日は俺主役なんスよ!だったら一番に!」
「ミョウジがとびっきりのプレゼントくれるっていうから貰ってから来いよ!」

なんか意味のわからないキラーパス。

「え、」
「うぉおお!マジすか!?ナマエさん!アザッス!」

驚いて物も言えない私を置き去りに、西谷は歓声をあげる。

「え!え!ちょっ」
「じゃあ俺先いってんなー!」

私プレゼントなんか用意出来てないよ!なんて言葉を言わせないように、にひひと笑って去って行く菅原。

あのお節介こんのやろー!!?

なんてキレたいけど、目の前にはその大きな瞳をキラキラさせて私を見上げる可愛い後輩。

何これどーしろっていうの!!?

「えーっとあーっと、にっ西谷、誕生日おめでとう!」

とりあえず、今日もし会えなかったらLINEで言おうなんて思っていた言葉を口にすれば、

「うおお!ありがとうございます!ナマエさん!」

その小柄な身体を大きく跳躍させながらお礼を言う西谷。

おい、ここ店の廊下だから跳ねたりしないで。なんて普段なら言うだろうに、私の一言でこんなに喜んでくれるって事実が嬉しすぎて。

「それで、あの……もしなんだけどっ」

赤くなりそうな顔を両手で覆いながら、言おうとした。21時にシフト終わるからそれまで待っていてくれない?って。みんなとお祝いするんだし、今20時だからきっと一時間くらいあっという間だ。
そしたら、一緒に帰らない?って。

言葉が喉まで出かかったところで、

「ねえ君、さっきからボタン押してるけど誰もこないのどういうことなの!?」

まさかのお客様登場。
半個室から顔を出してる客は、あからさまに不機嫌な声で。

「あ……はい」

今めちゃくちゃ勇気出すとこだったのに……。なんてひとり盛り下がった。

けど、

「はいじゃないよー!呼んでんだから今すぐ注文取りに来い!」

今はバイト中だった。
西谷の誕生日なんてどでかいイベントにびっくりして、浮かれてしまっていたけれど、私は今お金をもらってる立場だった。

たかがバイト。されどバイト。
勘違いしちゃいけない。店長や先輩達が緩いバイト先だからといってお客まで緩いわけじゃないんだ。

「はい!申し訳ありません!」

私が深々と頭を下げると、

「お、おいおっさ」
「西谷!!」

西谷が食ってかかろうとするから、私はくるりと振り返って西谷を見つめた。
私が乱暴な言葉で詰られるとでも思ったのだろう。そんな彼を嗜めるように、

「大丈夫だから、みんなのいる個室行っといて。あとで私も覗きに行く」
「っ、でも!ナマエさん!」

言っても、西谷はまだ納得いかないみたいだった。

でも、

「お願い」

強い意思を込めて言えば、

「……はい。わかりました。待ってます」

西谷も話のわからない人じゃない。

西谷は心配そうに私を振り返りながら、男バレの皆さんが収まっている伊達政宗ルームへ入っていった。




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