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その瞳に映るのは



教室へ帰ると、菅原が私を見て泣きそうな顔をしたので思わず笑ってしまった。

多分、私が授業をバックれて西谷といちゃついている間、菅原はずっと気に病んでいたに違い無い。

笑っといてなんだけど、素直に悪いなって思った。

迷いなく菅原に近づいて、

「男だろーんな顔すんなよー」

大して力も入らないデコピンをかませば、

「ミョウジ、俺っ」

菅原が謝ろうとするのが分かった。

「へいへいちょっとつら貸してー!」

それを制止してその手首を掴むと、周りの視線を無視して廊下へ歩みを進める。

「え、ちょ、どこいくんだよ」

戸惑う菅原を気にも止めずに歩く。

「人の少ない方がいいの」

「あー、なるほど。そっか」

手首を掴んで菅原を連行し、たどり着いたのは先ほどまでいた屋上まで続く階段だった。

今さっきまで西谷と話していた場所だ。思い出さなくても胸が熱くなる。

「ミョウジっあのさ、」

菅原はそんなことも知らずに申し訳なさそうな顔で謝ろうとしてくるので、

「待って!先に言いたいことがあるの」

それを許さない私。

「逆ギレだった。ごめん」

そう謝った瞬間、菅原が酷く動揺するのが分かった。
さては私が謝ることなんかないと思ってるなこいつ。
失礼なやつめ!

「ミョウジ、」

「あと!私、西谷に構うのはやめられない」

「…………っ」

まだ言いたいことは言い切れていない。
もう既に菅原はこれ以上になく動揺しているけれど、私の本題はまだこれからだ。

口にするだけで泣き出しそうになってしまう言葉を、話すと決めた。
その為に私はひとつ、深呼吸をする。

「……仕方ないでしょ。私、好きになっちゃったんだから」

「え、それは、」

どういう意味。菅原の動揺しきった瞳を真っ直ぐ見つめて。私は告白した。

「西谷のことが好きだよ」

そう口に出しただけで、私は胸がぎゅっとなって目頭が熱くなった。
ああ、口に出してしまった。

言わないだけって思うけれど、言ってしまうと言う前にはもう戻れないような気がしてしまうのは、どうしてなの。

「…………まじかよ」

長い沈黙の後、菅原の口から出たのはなんの捻りもない言葉。

「まじだよ。あんな、潔子のことを好きな奴を好きになるなんて、バカだって思うよ。でも、」

口にしただけで胸を熱くする想いを、目頭に集まる熱を放出するように、ひとつ息をつく。

意識して息をしなければ呼吸を忘れてしまいそうなほど、私の身体の関心はこの告白に向いているようだった。

「あの真っ直ぐな瞳に、いつか私だけ映ればいいのにって思うのを、もうやめられない」

吐き出した思いは、菅原を揺らして。

「そっか。そりゃ、悪いことしたな。俺、ミョウジの恋路の邪魔してただけじゃん」

そう口にした彼は、まるで失恋したみたいな顔をする。
傷ついたようなその横顔は、酷く痛々しくて。私には慰めることは出来ない。

そう、思った。

「うぅん、菅原がやいてくれるお節介に、私はいつも救われてるよ」

その瞳に映るのは恋情。

勘違いであれと思うのは、私は西谷が好きで、菅原は大切な友達だから。
それはこれからも変わらないことだ。

悲しいくらい、変わらない。

「ありがとう」

私が笑うと、菅原も困ったように笑った。

「ミョウジにお礼言われる日が来るとはなー」

そう言った彼を瞳に焼き付けて、私はお昼だし潔子のとこに行く。と伝えた。

菅原は教室に戻る前に行くところがあると言うので、私達はそこで別れた。
だから菅原がそのあとどうしたのかも、知らない。


けれどお昼休みが終わって、教室で会った菅原はどこまでもいつも通りで。
私はそれに、残酷な程安心していた。




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