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会いたいけど、会いたくない




授業をサボったことなんかない。
私は決して模範的な生徒ではないけれど、勉強に対する態度だけは評価されるべき真面目さだ。

だからいざサボるってなったらどこに行ったらいいのかがわからなかった。

保健室に行ってもいいけれど、教室に
伝言が届くことになるので菅原にも場所が伝わってしまう。
菅原のことだから場所がわかったら私に謝るなり、話し合うなりしてこの問題を解決しにくるだろう。
多分、授業中は来なくても終わった瞬間とんでくる。

でも今、私は奴に会いたくないのだ。

お説教の続きを聞きたくなかった。
お前にはいくらでも選べるんだから西谷にちょっかい出すなって、そんなつもりではないとわかっているし、菅原は私の気持ちなんて知らないから言っているんだって分かってるのに。
まるで西谷を好きになったことを否定されているようにしか思えなかった。

私だって潔子を好きな男なんて好きになりたくはなかったのだ。
身長は私より全然小さいし、頭も多分良くない。いや、それは予想に過ぎないけど見るからにバカでしょあれは。

何もかも好みなんかじゃないし、からかってるだけで、遊んでるだけなら私だってその方が良かった。

もうやめよう。で、済むから。

でも、西谷に迷惑がかかっているって分かってても、傷付けてるかもって思っても、私はまた西谷にひっついたりしたいなって思うし照れた顔も笑った顔も私だけのものに出来たらいいのに。なんて思うのを止められない。

我儘で、最低だってことくらい自分でわかっていて、でもやめられないんだ。

だからって菅原に図星を突かれてイライラして八つ当たり、なんて手に負えないけどね。

あーあ。やっちゃったなあ。
もうおうち帰っちゃうのもありかなあ。

フケるなんて、私はヤンキーかって感じだが。
そんなことを思いながら、トボトボ当てもなく歩く。


屋上とかどうだろう。でもヤンキーいたら怖いし今時解放されてるかが微妙かな。
体育館は授業がない時間なら隠れる場所結構あるかな。

「あれ?おーい!」

あーでもやっぱもう面倒臭いし帰ろうか。
ブツブツ言いながら廊下を歩いていたので、背後から声をかけられているのなんて全然気づかなかった。

やっぱ屋上かなあ。なんて思って顔を上げると、

「おーい!ミョウジさんってば!」

目の前に飛びこんでくる、大きな瞳。
小柄な身体に逆立てた髪。さらりと揺れる色の抜けた前髪。

「うわあ!」

よりによって、こんな時に声をかけてきたのは西谷だった。私は驚いて大袈裟に肩を揺らす。

いつもは全然会えないのに、何故だか私はトラブっている時にばかり西谷に遭遇している気がする。

驚いて硬直する私に、

「どうしたんすか?ぼーっとして。つーか、授業始まってますよ?!急いで教室戻らねぇと!」

後ろから声をかけてきて、覗き込むように私を見つめる西谷。

慌てて辺りを見ると美術室の文字。
どうやら無意識のうちに校舎の端っこまで来ていたらしい。
屋上がすぐそこなのはありがたいけれど。

「……西谷はなんでこんなとこにいるの?」

授業はもう始まっているのに、廊下をうろついているのは西谷だって同じことだ。
もしかして西谷もサボり?なんて思いながら首をかしげると、

「美術で、デッサンの被写体?探してこいって!見つけたらデッサンして美術室戻るんスよ!」

いつもの笑顔で返された。
なるほど。西谷は合法で廊下をうろついてるのね。
私とは違ったか。

「そっか。じゃあまたね!」

「……え?はい!また!」

西谷に背を向けると屋上へ続く階段を登る。

やはり屋上は解放されていないらしく、私は諦めて階段に腰掛けた。
まあ、ここなら誰も通らなそうだし暫く頭を冷やすにはちょうどいいかもしれない。

本当は屋上行ってみたかったけど。


さっき、西谷にまで冷たくしちゃったな。
せっかく会えたのに。

でも今会いたくない顔ベスト3は菅原、潔子、西谷なんだもん。
菅原のお説教の所為でみんなに申し訳ないことしてるんだっていう意識が罪悪感を生んで、勝手に合わせる顔がなくなっていくのだ。

はあ、なんか見事に自滅だなあ。
なんで私は、西谷を諦めたいと思うくせに誰かに想いを否定されたくないなんて思ってるんだろう。

自分で自分がわからないし、コントロール出来ない感情に苛立った。

自らの膝に突っ伏して目を閉じると、自然とため息が漏れる。

ため息を吐くと幸せが逃げるとか言うけれど、最近私はため息ばかりついている気がするな。幸せになれなそう。

「なんか悩み事スか?」

思考の渦で溺れていると、誰かに話しかけられて声のした方に目を向けた。

「……なんでいんの?!西谷!」

すると、先ほど別れた筈の西谷が隣に座っていた。

誰もいない階段に、驚いて発せられた私の声が反響する。

「いや、俺はミョウジさんデッサンしに来たんで」

「いやいや、私をデッサンしたら私がサボってたのバレるだろ!やめて!」

西谷はデッサンするなんて言ったけれど、手に持った道具は広げてすらいない。

多分、様子のおかしかった私を心配して追いかけてきてくれたのだろうけれど、考え事ばかりしていた所為で足音にも気配にも全く気づけなかった。
本人にそのつもりはなかったようだけれど、不意を突かれた所為で私の心臓はまたドキドキ煩い。

別に、心配してくれて嬉しいとかそういうんで動揺してるんじゃない!と、思いたい。

「で、なんかあったんすか」

そう問いかける西谷の優しい顔。
こんな私のことを気にかけて、優しくしてくれるなんて。

私は菅原に怒られて逆ギレして授業サボるような、こんなくずやろうなのに。

「……菅原と、喧嘩した」

そう言うと西谷はぽかんとして、

「スガさん、喧嘩とかするんスね」

素直に驚いたみたいだった。

「喧嘩っていうかね、怒られて逆ギレしただけなの。私がクズだから」

そうなのだ。菅原という人はとても温厚で、誰にでも優しくて、さりげなく女子に人気の爽やかボーイなのである。
そんな彼を怒られるとか、私ってやつは。

「何言ってんスか。らしくないですよ!」

珍しくうじうじする私に少し笑って、

「どーして喧嘩になったのか聞いても良いですか?」

それから真剣な顔をする。
きっと、菅原が私と西谷の関係を案じるみたいに、西谷も双方の知人として私達の間柄を心配してくれているのだろう。

全く、出来た後輩だ。

「うんとねー……」

しかし、私達の喧嘩の理由。
それは他でもなく西谷なのだ。
西谷にちょっかい出すなと怒られたのだ。

それを西谷に言うのってどうなの?
何か絶対的におかしいよね?

そう思って言い淀む私に、

「言いたくねぇこともありますよね。すみません。無理矢理言わせようとしちまって」

西谷は困ったように笑った。
その笑顔は確実に私の胸を撃ち抜いて、泣きそうなほどドキドキする。


2人きりの空間。
静かに響く相手の声に苦しくなるのは、きっと私だけなんだろう。
そう考えると凄く悔しいし、切ない。

だから、

「私菅原にね、西谷に構うなって言われたの」

言いたくないって、言えないって思ったその言葉を口にしてしまったのは、
きっと西谷の頭の中が、もう少しだけ私でいっぱいになれば良いのにって思っちゃったから。




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