HQ | ナノ
俺だけ見ててください!!



潔子は違う競技に駆り出されているため、当然会場も違って、勝ち残る限り離ればなれだ。
こんなことなら前もって出場種目を聞いておいて同じものに出場しておけばよかったのだろうけれど、今更ってもの。

バレーの会場である体育館には、さすがは唯一の男女混合種目ともあり会場中最も人が溢れ返っている。
出番まではとりあえずクラスの子といるけれど、もし負けたら潔子のとこにろに直行しよ。まあ去年も一回戦敗退だしなぁ。

なんて考えながらボーッとしていると、初戦を前にした一年のクラスがパス練をしていた。

お、西谷のクラスじゃん。
そう気づいて様子を伺う。

西谷の動きは流石はリベロ。一緒にパス練しているのは明らかに素人丸出しなガタイのいい男の子だったけれど、パスが多少乱れても綺麗に男の子がいる位置にレシーブを返していた。

おお、ちっこいけどやっぱバレー部か!
なんて感心していると、次の瞬間。

「ローリングサンダァアア!!」

体育館中に響き渡るような西谷の声が聞こえた。
それと同時に行われた見事な回転レシーブ。
その鮮やかさはバレーなんか幼馴染の試合をちょっと見に行ったことがある程度の、ほぼ素人な私でさえセンスの塊だとわかるレベル。

なんだなんだと皆が驚いて顔を見合わせる中、隣にいた菅原がゲラゲラ笑い出し、どこからともなく同じ男子バレー部のものと思われる怒声が響いた。

「うはは、目立ってんね、西谷」

私が言うと、菅原も頷く。

「んー、嵐みたいだよな」

初戦、西谷の試合を観戦すべく近くを陣取ると、私は飲むヨーグルトをちゅうちゅう啜った。

「あれ、西谷の相手のチームさあ、東峰くんじゃん」

少し前、花火大会の日まで直接話したことなどなかった彼は、一見成人にしか見えない落ち着きはらった強面。バレー部エースの東峰くんだった。
あれ以来顔を合わせれば挨拶くらいはする仲になったけれど、未だにかき氷ショックのお詫びは果たされていないのが気掛かり。いつか借りは返す!!

「ん?うわ、本当だ!初戦で西谷VS旭とか!俺どっち応援したらいーんだ!」

私の一言で事態に気付いた菅原は、困った顔をしたけれど、

「どのみちどっちが勝ち上がってきてもうちらが倒す!ので!応援はしない!」

と言ったら、少し驚いた顔の後に確かに、と笑った。

でも、色仕掛けが通用しそうなのは西谷の方かな?って思うから西谷に勝ち上がってもらったほうが助かるなあ。
だって私、東峰の強烈スパイク当たりたくないし。
去年の球技大会で運悪く直撃した男の子が保健室送りになったのは忘れてないし。はは。

……あれ、冷静に考えたら応援しないとか言ってる場合じゃないな。


試合前、両チームがコートに並ぶと、流石にバレーに出場してくるだけあって身長も高くがたいもいい子ばかりが並ぶ。

だからこそ余計に。西谷だけ、高校生の中に小学生が混じってるようにさえ見えてちょっと笑えた。

「にしのやー!がんばれー!!」

突然。私が声をはりあげると、隣にいた菅原が驚いてビクリと肩を揺らして、応援しないんじゃないのかよ!とツッコんでくる。
事態は刻一刻と変わっていってるんだようるさいなあ菅原め!

「負けんじゃないわよー!東峰くんなんかこてんぱんにしてやれ!」

隣でうるさい菅原なんか気にもとめずに私が続けると、西谷はその大きな瞳をより一層輝かせてこちらを見返してきた。

「はい!ミョウジさん!俺だけ見ててください!!」

「はははは!見てる見てるー!だから東峰くん蹴落としてー!」

私が手を振ると、シャーッ!燃えてきたー!と雄叫びを上げる西谷。

あはは、単細胞バカって可愛くって最高だわー。

「ふっふっふ!私達が勝ち上がるために人間大砲東峰くんには早々に退場してもらうぜ」

したり顔で笑う私に、

「ミョウジー、ほんといつも言ってるけど男心を弄ぶのも大概にしろよー?」

呆れた様子の菅原。

「なんか異様に西谷に構ってるけどさ、もし西谷がミョウジに惚れたらー」

「はいはいはいはい!悪かった悪かった!可愛すぎてごめんなさーい!」

無論相手にする気などないので、

「にしのやー!かっこいいぞー!」

テキトーに野次を飛ばしていると、試合開始の笛がなった。
騒つく体育館内に、ピーッと高音が響く。

サーブ、レシーブ、トス、スパイク、ブロック。
クラスによっては多少練習してきているものの、いまいち噛み合わずにドタドタと落ち着かない試合展開となる。
だからこそ素人でも楽しめるのだが、バレー部員としては歯痒いものなのだろう。
東峰くんもまともにスパイクが打てないようだ。それでも十分な勢いで返球してくるから、私としては絶対対戦したくないけど。

対する西谷はというと、1人でコートの半分くらいを守備範囲にしていて、見ていて笑ってしまうほど生き生きしている。
東峰くんが返球してきたボールは殆ど西谷が拾うのだから、リベロ様々だろう。
が、彼があげた綺麗なアーチも、セッターとアタッカーの力不足でイマイチ生かしきれていない感は否めない。

うーん。ふたりとも手足を縛られてるみたい。

「どんなにいいレシーブがあっても、トスが挙げられても、スパイクが打てても、やっぱバレーは、1人じゃ勝てないね」

私が呟くと、菅原が屈託なく笑った。

「おう!だから、面白いよ」

そんなものなのか。
やっぱ私は面倒くさくってやだな。他人の力なしでは戦えない、なんて。

他人を信じて、他人を支えて、他人に助けられながらみんなで勝利を目指す。

私には無理だけど、まあ、かっこいいよな。

青春を謳歌する彼らを少しだけ羨ましく思いながら、ふと気づくと、東峰くんに上がったトスが今までの辛うじてあげたものとは違った。
綺麗な高めのアーチを描いて、ネットから少し離れたトス。

あ、やばい。
一目見て直感した。
去年見た彼の全力スパイクの時と雰囲気が似ていたのだ。

もう踏み込みひとつとっても、東峰くんが本気で打とうとしているのがわかった。

案の定、その掌に打ち抜かれたボールは凄まじい威力で反対側のコートに炸裂。

そのボールの先には東峰くんの対角線上を陣取った西谷がいて。

「……ひっ」

思わず私の口からは引き攣った息が漏れる。
避けれるのかな。あんなスパイク。
また去年みたいに保健室送りになるのが、今度は顔見知りとかっ!
なんて私が目を瞑りそうになるのを尻目に、西谷はその綺麗なレシーブの体勢から全身でスパイクの威力を殺して、まるで魔法みたいにふわっと軌道を変えた。

「……うそっ」
「〜〜っくっそー!!」

私がぽかんと口を開くのと、西谷が叫ぶのはほぼ同時だった。

悔しがるその姿は、正面からのレシーブでさえ威力を殺しきれずにネットを超えて相手コートに落ちてしまったことに、納得がいかなかったのだろう。
正直素人目にもわかるくらいの、まさに神業。
それなのに現状に満足なんかしない、西谷のストイックな性格が見てとれた。

あんなスパイクを正面から取って、しかもあそこまで御し切るだなんて。
信じられない。どういうことなんだ。
確かに西谷は優秀なリベロで、リベロはそのチームで一番レシーブの上手い選手の出来るポディション。
知ってはいた。頭ではわかってた。

「驚いただろ。……西谷が後ろにいてくれるとさ、安心感が違うんだ」

菅原が隣で言うのに、私は呆けたまま動けない。

だって、実際に見たら全然違う。
何が起こったのかわからないほど一瞬の出来事で、実際細部まで見れるほど私はバレーを見慣れていないはずなのに、
レシーブした瞬間の腕のしなりや表情、ひとつひとつが瞳の奥に刻まれてしまっていた。


笛が鳴って、得点が西谷のクラスに入る。
その瞬間にあがった歓声は、凄まじいスパイクを打った東峰と、それをレシーブしてみせた西谷に向けて惜しみなく与えられた。

「あの男の子、ちっちゃいけどカッコいいねー」
「えー?スパイク打った髭の人のがヤバくない?殺人スパイク惚れるわ!」
なんて声が聞こえてきて、おお、東峰くんどころか西谷もモテ期到来するんじゃないの?
なんて冷やかしみたいに考えながら、同時に自覚してしまった。

胸に蟠るこの感覚は、おそらく嫉妬だ。あんな風に輝く姿を見ているのが自分だけならよかったのに。なんて下らない気持ち。

彼女どころか部活の後輩でもない。ただの知り合いの分際で意味がわからないけれど、西谷の名前も知らないような女の子達がわーきゃー言うのを聞きたくないと思った。


そのレシーブ後も試合はしばらくつづいたけれど、小さな守護神から目を離せなくなった私は、約束通り西谷だけを見つめてしまうことになる。

ひたすらに目の前のバレーボールを追いかける真剣な姿は、悔しいけど何も言えなくなるくらいかっこよかった。


あんなの、ずるい。
今までにもたくさん、きっと西谷のかっこいいところは見てきた筈なのに。
ここまで胸を撃ち抜かれてしまう日が来るなんて。

もう、彼をチビとか小学生みたいとか、冗談でも言えないや。



[*前] | [次#]