HQ | ナノ
crush on 1



それは、春のうららかさから少しずつ夏の日差しを感じるようになってきた、ある日の放課後。

潔子が国語科の準備室まで届け物をするというから、そのお使いを手伝って、帰りにちょろっと西谷の顔見に行こうかなー?なんてぼんやりと思いつつ、荷物を取りに三年の教室階へと戻ろうとしていた時だった。

「清水先輩っ!と、美女……っ!?」

「ん?」

目の前で叫んでから後ずさったのは、オレンジ色の髪の小柄な男の子。
なんていうか、小学生がうちの制服着てるな……とか、誰かさんにも思ったようなことを考えてしまう。と、

「おぉおわぁっこっち見たぁっ!?」

慌て方がなんともオーバーリアクション。
そりゃ見るだろ。お前が叫んだんだろ、清水先輩と美女って!

潔子と二人。知らない後輩に声を掛けられる。そんな状況になんとなく既視感を憶えながら、

「あれって……」

「ああ、うちの部の一年。名前は」
「ショーヨー?」

半笑いのまま潔子を見れば、脳内にあった予想は的中。

更には、潔子が名前を言う声に被せるようにその予想の続きを口にすると、

「おぉおおぉおっ!?俺の名前っ!?」

ぴょんと飛び跳ねたその男の子は、大変驚いたご様子。

「合ってる?」
「うん」

そのとんでもないリアクション芸に苦笑してから、潔子に確認すれば、どうやら彼はショーヨーで合っていた。
よかった。聞いていた特徴とぴったりだ。

「なんで知ってるんですか……?」

不思議そうに、そしてどこか怯えたみたいに緊張しながら瞳を瞬くその少年に、

「ハハ、西谷が面白い一年が入ってきたーって言ってたの」

事の真相をそのまま話す。

実を言うとこの少年が噂のショーヨーだと確信するに至ったのは、潔子や菅原からもその話を聞いていたからなのだけど。
わざわざお噂はかねがねーなんて話してもしょうがないし。

「ノヤッさんが……?」

パチパチと瞬きをする大きな目。
なぜ突然西谷の名前が出てきたのかさっぱりわからないって顔だった。

「ちっさいのがショーヨーでしょう?」

一年にとんでも速攻を使うセッターとスパイカーのコンビがいるという話は聞き及んでいるけれど、その特徴は小さいオレンジ頭とでかい黒髪としか聞いていない。

けど、それだけの説明でも十分だろう。
小さいけどよく飛ぶんスよ!なんて話す西谷の笑顔を思い出しながら、ニヤニヤ。

「ノヤッさんっ!?」

正直な話、西谷だって小さいくせによく飛ぶくせに、その西谷がよく飛ぶなんて褒めるの。
一体目の前の少年はどんなバネを持っているのだろう。とか、少しばかり興味が湧いた。

「あはは、一目でわかった!小学生みたい!」

だって見た目で言えば、バスとか余裕で小学生料金だ。ランドセルとかリコーダーとか似合いそう。
とか、

「ナマエ、身長で言ったら西谷の方が小さいよ」

隣で潔子に言われるまでもなくわかってる事だけどね。

「え?ああ、確かに。まあ、どんぐりの背比べだけどね?」

身長って点で言ったら私の彼氏も全然変わらない。どころか、多分ツンツンの髪を下ろしたら潔子の言う通り西谷の方が小さいだろう。

まあ、私は女にしては高身長の部類に当たるから、自分がデカすぎるにしても、二人ともちっちゃい。ミニマム。

「があぁあんっ!ひ、酷ッ」

ガーンなんてきょうび聞かないけど。
とか脳内でツッコミながら、

「でも中身はほら!カッコいいじゃない?」

それでも一年坊主を放置したまま潔子に言う。

西谷の外見に関して、私はもちろん嫌いじゃないっていうか。キスする為にちょっと背伸びしてるとことか最高に可愛いとか思う程度には大好きなわけなんだけど。
西谷のかっこよさはその子どもっぽい見た目と相反する漢らしさなのだ。

その点に関しては皆が認める事実だし、潔子に惚気なんか言うつもりはないけれどこれは事実だからね!とか、言い訳を考えるのだけは得意なのだった。

けど、

「まあ、ナマエはそう思えるから付き合えてるんだろうね」

呆れた顔で潔子が呟くのは、蓼食う虫も好き好き。なんて一言で。

「え?酷い!さり気なく私のこともdisってない?」

潔子の顔はそんな台詞聞き飽きたって感じ。
最近よくこういう顔をするから、私としては西谷の魅力を語る行為は控えているつもりなのに!

「disってないよ?感じ方は人それぞれだし」

「えぇえっ!?なんか酷い!」

最近の潔子は以前より物言いに遠慮がない気がする……。

ま、まあ、カップルとか道端で出会うだけでウザいよね。気持ちはわかるけどっ
潔子に冷たくあしらわれたら!私はなんか変な性癖に目覚めちゃうよっ!?とか、胸に広がる謎の罪悪感。

と、その時だった。

「あ、の……もしかして先輩は、噂のっ!」

「ん?」

「ノヤッさんの彼女……ですかっ!?」

おずおずと口を開いた一年坊主が問うのは、私と西谷の関係。

「え?ああ、うん。噂?は知らないけど」

その口調から察するに、西谷に彼女がいることは聞いていたのだろう(まあそれが本人から自慢されたのか、周りの人間から聞いたのかはよくわからないけど)。
そういえば私の方は一方的に彼のことを知っていたわけだけれど、自己紹介もまだだった。そう思い直して、

「どうも、西谷がお世話になってます。3年のミョウジナマエです」

彼女であることを肯定してから、唇に弧を描く。

すると、

「うおぉおおお!!こ、こんな美女と付き合うなんてっ!ノヤッさん……す、スゲェ……っ!!」

わかりやすく感嘆して震える少年。

「おお、久々にいい反応!そうよ、西谷凄い奴なの!だからこれからもリスペクトよろしく!」

私は自分で言うのもなんだけど捻くれているし、下心のある男共に褒められても気持ち悪いとか思ってしまうような高飛車女だ。
けど、こんな風にキラキラした眼で美女と言われるのは悪い気はしないし、理由はどうあれ西谷を褒められたのにも気分をよくして。
初対面男子に対してはかなり珍しく、好意的に微笑んだ。

「リスペ……?は、はいッ!」

それに対して意味もわかっていない様子なのに返ってくる素晴らしいお返事は、

「え、なにこいつ。見るからにアホだけど可愛いくない?」

この一年坊主がどんな人間なのか、私に理解させるには十分だった。

「ナマエ、脳内音声漏れてる」

潔子は厳しい声で言うけれど、

「しょーよーあんた期待の新人なんでしょう?頼んだよー?私全国まで応援行くんだから。烏野引っ張ってねー?」

唇に弧を描いてそのオレンジの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。と、

「ひゃ、ひゃいっ!」

がちがちに固まったショーヨーがアホみたいな返事をして。

「ナマエ……程々にね」

背後で潔子のため息が聞こえた。

その時の私は、なんかこういうの懐かしいなー。なんて既視感を抱いていて。
そういえば西谷の頭をうっかり撫でちゃったのも、これくらいの季節だったっけ?なんて考えながら、

「ふふふ、そうねー?勝ったらご褒美に、」

勝ったらご褒美にまたよしよしくらいしてあげるわよ?とか、何様気取りで口にしようとした。

瞬間だった。

「ナマエさんっ!!!」

廊下の向こう側から凄い勢いで迫ってくる足音。

「っ!!」
「へ……っ?」

ビクリと肩を揺らしたショーヨーが振り返って、私も視線を向ける。と、

「なーにしてんスか!」

走り寄ってきたのは、これでもかってほどに逆立てた黒髪と、そこからさらりと落ちる色の抜けた前髪が特徴的な、彼。

「西谷!」
「ノヤッさんっ!?」

突然の西谷の登場に声を上げたのは、私と一年坊主、同時だった。

それから驚いて硬直したままの私達に近付いた西谷は、不機嫌を少しも隠すことなく。
オレンジの髪にそのまま置かれていた私の手を引っ掴んで、

「堂々と浮気しないでください!」

ピシャリと言い放つ。

「浮気?え、いや、何言ってんの。こんなの撫でたところでその辺の野良猫撫でたのと同じだけど」

あれ、何これ西谷怒ってる?なんてちょっぴりビビりながらも、私は今この一年坊主と何らやましい事なんかしていない!と無罪を主張。

けれど、

「悪気が無いのはわかりました!でも!だめです!」

掴まれたままの手首は少し痛いくらいで、西谷はご立腹のままだった。

「えー?ヤキモチなの?んっもう可愛いなあ西谷ぁ」

でもそんな姿も可愛さしかなくて。
こいつ私が他の男にとられるとでも思って血相変えて走ってきたのかと思ったら、なんだかもう我慢ならなかった。

掴まれている方とは反対の手で、西谷の髪をわしゃわしゃする。

と、

「な、ナマエさんっ!?」

眉を寄せて困った顔をする西谷が、微かに頬を染めて。

「私が好きなのは西谷だけだよ〜」

私はもっとその頬を赤くしてしまいたい、なんて欲深にも思ってしまうんだ。

ワックスでベタつく髪を無遠慮に触ってから、そのままの流れで耳の後ろをなぞれば、

「っ、ナマエさ」
「男ならね〜?」

小さく息を漏らす西谷に、ゾクゾクしそうになる。けど、ここは学校で今は潔子もいれば西谷の後輩もいる。そう思い直して、

「えっなっお、男ならっ!?」

「潔子のことも好き」

「え、ああ。そういう意味か」

冗談みたいに本心を語ることで、一瞬流れた甘い空気を誤魔化すことに成功。

危ない危ない。西谷からかってると可愛すぎてついついうっかり、ここが学校なの忘れちゃいそうになるよ!

と、その時。

「あいっかわらずやってんなーあいつらはー……」
「スガさん!」

階段の方から現れた人影に、チッスなんて挨拶を交わしながら、飛びつくようにショーヨーが走り寄って。
その後ろ姿がやっと助かったとでも言うように嬉々としているから、幼気な少年をカップルの謎の諍いに巻き込んでしまったようでなんとなく心が痛まなくもない。

「なんつーか、バカップルだよなー。日向までミョウジに惚れるなよー?」

今さっき現れたくせしてなんでもお見通しみたいな顔をしてくる菅原に、僻むなよ非リア!とか返したい!けど。

「ほ!惚れないです!!」

そして惚れられても困るけどあまりにもスッパリと言うショーヨーに、そんな態度なら巻き込んでごめんねとか言ってやんない!とか一人機嫌を損ねる。けど。

「……まあ、惚れても不毛だしな」

そう息を吐く菅原に、どういう意味だよーとかツッコむことすら忘れて。

「…………」

合わない視線。なのに痛いほど握り締められたままの手首。
さっきから一言も話さない私の恋人は、どうしてしまったのだろう。

そう、胸を騒つかせるしかなかった。

そんな時。

「おお!ミョウジさん今日もお美しい!」

西谷が走ってきた廊下から近寄ってきたのは、西谷の相方ってくらいいつも一緒にいる男、

「あら、田中。あんたは今日もむさ苦しい坊主ねぇ〜」

田中龍之介だった。
女子にウザがられたり怖がられたりと絶大な不人気を誇る彼を、私だって普段そんなに好んで話しかける相手な訳ではないのだけれど。

「ひ、酷えっ!!」

胸がざわざわして落ち着かないこんな場面では、田中のむさ苦しさすら有り難い気がした。

瞬間、

「ごめんナマエ。そろそろ時間だから先行ってる」

携帯の画面で時刻を確認したらしい潔子が言う。

「へ、まじ?もうそんな時間?」

驚いて眉を上げれば、

「おお、俺らもそろそろ行かねーと大地にどやされんべ」

潔子の声にハッとした菅原がそう言って。

「うおぁっヤバイっ!急がないと影山のみならず月島達にも負けるっ!!」

走り出す一年坊主。
その去り際の口調から察するに、なんの罰則があるわけでもなくともいつも誰より先に体育館に向かっているのだろう。アホだからなんでも競争したくなっちゃうんだろうなー。あはは、単細胞。

「じゃあ、また明日ね。ナマエ」

「う、うん!また明日ー!」

そう言って潔子は鞄を取りに教室へ向かい、私だって本来自分の教室へ鞄を持ちに行く途中だったのだから、当然一緒に向かいたいところ。

なのだけれど、私の右手首は依然がっしりと掴まれたまま。

なんだろうこれ。

どうしたもんかな……。

「あ、れ……ノヤッさん?行かねーの?」

「おう、行く。けど先行っといてくれ!龍」

そんな異変をようやく察知した田中が声を掛けても、西谷は顔も見ずに答える。
真っ直ぐで律儀な彼が、名前を呼ばれても振り返らないだなんて。

その視線の先は、痛いほど握り締めたままの私の右手首。

「……西谷、とりあえず俺ら先に行ってるから!早めに来いよー?」

「はい、すみませんスガさん。俺もすぐ行きます」

そう言って菅原が田中と連れ立って階段を降りて行くと、いよいよ私達はガランとした空間に二人きり。

ここはもともと準備室の並ぶ人の少ない廊下だけれど、今は放課後。
彼等が通りかかったのも完全な偶然というより、私とショーヨーがぎゃあぎゃあ煩いから集まってきたというのが正しいだろう。

階下からしていた放課後特有の騒がしさは収まり始めている。
西谷と学校で二人きりになることなんか稀で、そういう意味でもちょっぴりドキドキした。

でも、やっぱり一番引っかかっているのは、いつもは元気な西谷が静かで、真っ直ぐなその瞳が曇るように伏せられていること。

「……西谷?部活始まっちゃうよ?着替えに行かなくていいの?」

問いながら完全に彼に向き直る。
部活開始の時刻が迫っているというのに、西谷が部活へ向かわないなんて異常事態だ。

バレーボールは恋人の私でさえ嫉妬したくなるくらい、彼を惹きつけてやまない筈なのに。

「お、おーい?どしたのあんた。聞いてる?なんか具合でも」
「ナマエさんは可愛いと思ったら誰のことでも撫で回したくなるんスか」

ぼそり、呟いた言葉は小さく。
そしてとても突飛な一言だった。

「へ……?」

なんの話、そうぽかんと惚けた私に、やっとこっちを向いた綺麗な色の瞳。けれどその目つきは鋭くて、

「俺のことも野良猫可愛がる感覚で撫でたんですか」

真剣な口調で低い声が問う彼に、さっきからちっともらしくもないのは怒っていたのだと、ようやく気がつくだなんて。

私ってやつは無神経にも程がある。

刹那、

「……にしの」
「よそ見なんかさせませんよ」

不意に手首を引いた西谷は、そのままの勢いでくるりと体の向きを変えて。

「へ、」

間抜けな声を漏らした私は、気がつけば窓際へと追い込まれてしまう。

そして、

「っん、」

迷いなく迫った西谷は、噛み付くように唇を奪う。
私が驚いて抵抗も反応も出来ずにいるのをいいことに、彼は強引に口内へ入り込んで、私の舌に自身を絡める。

ハッとして抵抗しようとするけど、身を引こうにも背後には窓ガラス。西谷を押し退けようにも、鋭い視線に射抜かれると込めたそばから腕の力が抜けて行くようだった。

「俺の女だろ」

そんな激しいキスから解放される瞬間、低い声が囁く。
目の前で細く繋がる銀糸がぷつりと途切れる様を見て、何故だか泣きたい気持ちになった。

「……っ、そんなのっわかって……っ」

俺の女、なんて。西谷以外の男に言われたらぶん殴っているだろうけど。

彼だけは特別だ。私は彼のものだった。

それでも、彼にならどこで何をされてもいいなんてぶっ壊れた恋愛観は持ち合わせていないから。

「……ん、なら、いいです」

「て、か……こんなとこでっ」

あんな風にキスをして少しは気が済んだのか、幾分落ち着いた様子の西谷をここは学校だぞと睨みつける。

「ああ、もうみんな帰ってる時間なんで大丈夫ですよ」

けど飄々と言ってのける西谷に首筋をなぞられて、

「で、もっ誰か通りかかる……かもっ」

情けない話だけれど、ゾクゾクした。
さっき西谷の耳の裏をなぞった時とは違う意味合いで。

「そうっスね。だから、続きは部活終わったらしましょう」

「っ!」

いつもの子どもみたいなんじゃなくそういう時の意地悪な笑顔で満足げに笑う西谷に、胸を射抜かれて。

「塾の日ですよね?いつもの時間に迎え行きますね」

最近じゃあ受験生の私を塾まで迎えに来てくれるようになった、西谷タクシー。

「行ってらっしゃい、ナマエさん」

従順なフリをして送り狼だなんて。なんてやつだ!
そう責めたいところなのに何も言えなくなってしまうあたりが、多分惚れた弱みってやつなんだと思う。



[*前] | [次#]