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月が綺麗ですね
「赤葦ってさ、彼女いる?」
部活終わり、隣を歩いている後輩に話題を振ってみる。 いつも部活の話しかしないのでいきなりこんな話を振るとかちょっぴり緊張!なんて、一瞬だけ訳のわからない気持ちになった。
「いませんよ」
私の突然の問いにもなんの戸惑いもなく、淡々と返ってきた言葉によればどうやら彼は、意外にも恋人がいないということだった。 「え!なんでつくんないの?モテるくせに!」
それは少し驚きだったのだけれど、冷静に考えたらもし赤葦に彼女がいたのなら、部活終わり暗いからと私を家まで送るなんてことしないだろう。
万が一彼女に見られ浮気でも疑われようものなら、赤葦は後輩として先輩達の命令に従ったまでで彼は悪くないと証明してやることは無論吝かではないわけだが。 大体一年の時は暗い中1人でいつも帰っていたのに、後輩が出来たら木葉がいきなり女1人で夜道は危ないから赤葦送っててやれとか言い出してなんなのあいつほんと意味わからんパワハラしやがって!
などと過去に木葉が赤葦に命令した時のことを思い出していると、
「部活で忙しくてそんな暇もないので」
なんともテンプレートなつまらない答えが返ってきた。 ので、少し意地悪してやりたくなる。
「あー。確かにあんたの恋人はバレーボール。もとい木兎か」
「なんでそうなるんですか」
ポーカーフェイスの赤葦の嫌そうな顔を見ると、私はどこか心満たされるのを感じるのだ。
「いつでもどこでも甲斐甲斐しく世話焼いてるじゃない。そーゆーの女房役って言うのよ」
「ハア、ツッコミませんよ」
くだらないというようにため息を吐く赤葦の横顔は、街灯に照らされて影を落とし、なんだかいつも以上に憂鬱そうに見える。
「でも冗談抜きにしても赤葦ってイケメンなのに女っ気ないし、ホモかもって思っても仕方なくない?」
そう、赤葦京治って男は180センチ超えの長身に強豪校でセッターを務める十分すぎるバレーの実力で、端正な顔立ちに負けない明晰な頭脳を持ち合わせている。言ってしまえば女子の憧れを受けるにふさわしい優良物件なのだ。 それなのに彼と部で過ごしてきた一年と少しの間、浮いた話のひとつも聞かない。
やっぱ男が好きなんじゃ……?とか思ってしまう私を誰が責められようか。
「別に女っ気なんかいらないですけどホモとか思われるのは普通に嫌です」
「違うんだ?」
「違いますね」
どうやらホモではないらしい赤葦は、呆れた顔のまま言う。
「……ふーん、彼女作ればいいのに。あんたなんかその気になれば彼女の2、3人すぐでしょ」
そう言うのも根拠はあって、現に同じクラスの女の子に何度か紹介してと言われたことがあるのだ。 まあ、自分が勝手に連絡先教えられたりするのが嫌いなのでいつも適当に断っているわけだけど。
だからまぁ、赤葦さえその気なら彼女になりたい子なんていくらでもいるのだ。
「1人しかいらないですし、誰でもいいみたいに言わないでください」
「まあそりゃー顔は可愛い方がいいだろうけどさ、適度におっぱいあって素直ないい子なんていくらでも」
世の中、可愛い女の子なんかそれこそ星の数だ。 そこまで選り好みしなければ(人に欠点は付き物だ)彼女を作るなんてハードルの高いことじゃないのだ。
そんな私の持論に割って入ったのは、
「好きな人いるんで」
赤葦の迷いのない一言だった。
まさに青天の霹靂。
「……へ、」
驚いて言葉を失いかける私に、
「その人以外と付き合う気は無いです」
赤葦は揺らぐことのない瞳で続けた。
「へ、へぇ」
そんな相槌しか打てない。 あまりにも驚いてしまったのだ。
だって、あの赤葦が。 いつも何を考えているのかわからない無表情で、バレー以外の何にも関心なんてないものと思っていた赤葦に、好きな人がいるだなんて。
いつも部活終わり家の前まで送ってくれて、言動は優しくはないけれどなんだかんだ話にも付き合ってくれて。
そんな彼に、好きな人。 ふと気づけば、なぜだか私の指先は震えていた。
「相談に乗ってもらえますか」
「え、何の?!」
びくりと肩を揺らした自分の反応が、あまりにオーバーリアクションってものだったことは自覚がある。 赤葦も少し驚いたように眉を上げた。
「……彼女作れって言ったくせに相談にも乗ってくれないんですか」
はあ、なんてため息に、少し悲しい気持ちになって、
「わ、私でよければなんでも相談したらいいじゃない!ドーンと来い!」
私はそのない胸を叩きながら仁王立ちで言った。 くそー!こうなったらヤケだ!赤葦の役に立ってやろうじゃない!
ん?ヤケ?自棄ってなんだ?
なんて自分の心の声に疑問を呈していると、
「好きです」
「え……?」
隣から予想だにしない言葉が飛び出してきて、私を絡め取ろうとする。
「普通にしてたら美人なのに、がさつで口も悪くて平気で下ネタを言ってくる残念なミョウジさんが好きです」
「え、あ、あかあ」
「ミョウジさん気づいてないだろうけど、俺本当はミョウジさんと家逆方向です」
「え?!だっていつも送って」
同じ方向だし送ってやれって言われて、はいって返事してたよね昔?
「好きな女の子が夜道歩くのとか心配しちゃ悪いですか?家くらい送らせてください」
「えと、あの、」
どういうこと?赤葦は木葉に命令されて仕方なく毎日送ってくれてるんじゃ?
「本当は同じ教室で毎日授業受けられる木兎さんが羨ましいです。居眠りしてたとかきくたび本音では嫉妬してるのを」
その綺麗な形の唇から次々に紡がれる言葉の羅列は、私のキャパシティをはるかに超えてしまっている。 考えなくてはならないことはたくさんあるのに、赤葦が少しも待たずに話し続ける所為でパンクしてしまいそうだった。
「赤葦!ま、待って!!」
「はい、どうしました」
今、確かに私に向かって愛の告白と言える言葉を吐いていた男は、そんなこと露ほどにも思わせない冷静な顔のまま返事をした。
こ、これはもしや……?なんて疑いたくなるのも無理はない。
「ドッキリじゃないの?本気?」
「悪戯でこんなこと言ってると思うんですか」
「お、思いません」
「わかってて聞かないでください」
少しだけ怒った様子の赤葦に、あ、じゃあほんとのほんとなんだ。なんて呑気に思う自分がいる。
「……うん。ごめん」
素直に謝ると、赤葦は似合わない苦しそうな表情でこちらを見下ろしていた。
「……相談に乗ってくれますか」
「え、あの、うん」
いつもの静かな声。 少し癖のある黒髪。 真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳が、私の胸を鷲掴みにした。
「ずっと好きでした」
好きなんて言葉を、まるでフォーメーションの話をしている時のような淡々とした口調で言う。 それなのに、私の心臓は夜道に響きそうな程高鳴った。
だって彼は、見たこともないくらい頬を上気させていて。
「どうしたら好きになってくれますか、ミョウジさん」
困った顔で彼が視線をそらすので。 私は赤葦の真っ赤な顔から目が離せなくなってしまう。
ああもう、こんなの反則だ。
情けない話だろう。 私に恋する後輩に、恋してしまった瞬間だった。
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