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来年は一緒に



花火が終わってしまう頃には、屋台は撤収し始めていた。
つい先程まで夏の風物詩に見入っていた人々も、いそいそと家路へついてゆく。

それは土手に座って手を繋いでいる、私達だって同じことだった。

「さぁーて、行きますか!」

隣を見れば、まだ少しぼんやりとした西谷。
そんな彼に笑いかけると、

「……っそうっスね」

一瞬何か言いたげな顔をしてから、それでも同じように笑い返してくれた。

花火始まる前からだけど、ほんとどうしちゃったのかなー?この子は。
なんか手も繋いだままだし。

いや、離したいってわけじゃないけど、これってどういう状況?って疑問に思わなくもないっていうか。

まさか西谷に限ってそんなことはないと思っていたが、もしかして祭りの終わりにセンチメンタルにでも浸かっているのだろうか。


「ナマエ!やっと見つけたっ!」

背後からそんな声が聞こえてきたのは、私達が立ち上がってすぐのことだった。

「きよ、こ……?」

振り返ればそこには、我が愛しの親友。今日本当なら一緒に過ごすはずの人だった。

白い肌に紺の浴衣が映えて、口元のホクロもいつもしている眼鏡も、尋常ならざる色気を放っている。

「ナマエ、大丈夫?東峰から聞いたけど、足怪我してるって……」

「とりあえず西谷がついてるって言うから俺らもそのままにしちゃって、ごめんなー」

どうやら心配していたらしい潔子の傍らには菅原がついていて、ああ、潔子がひとりで私を探してたとかじゃなくてよかった。と心から思った。

「怪我なんて大層なものじゃないの!ただの靴擦れなんだけど、ちょっと血が出たから西谷を心配させちゃって」

そう言って隣を見れば、愛しの潔子を見てもいつもより元気のないままの西谷。

あらあら、こりゃあ重症かなあ。

「そっか。大丈夫?家まで歩けそう?」

そう言って心配してくれる潔子に、

「大丈夫。ありがと潔子!」

なんでもないように微笑む。

ほんと言うと歩いて帰るのにはかなり時間がかかりそうだ。
近くのコンビニで靴擦れ用の絆創膏が買えれば別だけど、そこまで行き着くのに不安がある。

「とりあえずミョウジが元気そうでよかったんだけど、その、さー」

菅原が言い澱みながらもちらちらとこちらに視線を向けているので、
なんだろう?そう思って視線の先を追うと、

「なんでミョウジと西谷は手ぇ繋いでんの?」

至極当然な指摘をされる。
そりゃあそうだ。今まで何度も話したことはあっても、決して深い中ではないはずのクラスメイトと部活の後輩が、手を繋いでいるなんて状況を疑問に思うなって方が無理な話だ。

「えっ!?」

すっかり手を繋いでいることなど忘れていた私は驚いて西谷の手を離す。

離した瞬間、視界の隅で捉えた西谷はきっと、私がもう二度と見たくなかった顔をしていて。

胸が、焼けるように痛んだ。

やばい!西谷は潔子が好きなのに!
こんなとこ見られたら私との仲を勘違いされちゃうかもしれないじゃない!

なんて私の懸念など、

「いや、私も初めに思ったんだけど、その、ふたりとも当然のように繋いでるから言い出せなくて」

恥ずかしそうに目線をそらしてそんなことを言う潔子には届かない。

よりによって潔子に勘違いされるなんて西谷がどうやったって報われなさすぎる。
彼は恐らく、私の不安を察して手を繋いでくれただけなのに。

そう西谷が私に優しいのは、言うなればただの慈善事業。西谷が優しいやつだからせっかくの一年に一度のお祭りだっていうのに靴擦れした私なんかに構って大好きな潔子と思い出を作ることもできない。

そんな優しい人に、これ以上甘えられないよ。

「私がね、足痛くて歩けなーいって言って甘えてたの。西谷は菅原と違って優しいからさー?寄りかかりまくっちゃった!」

そう言ってペロリと舌を出すと、

「ミョウジー、お前ほんとに、俺の後輩弄ぶの大概にしろよなー」

菅原がため息をつく。

「なっ……俺はっ!」

西谷は何か言おうとするけれど、

「だーめ!潔子の隣はまだまだ私のものよ」

私はそう言って西谷の唇に人差し指を当てた。
そうして笑ってしまえば、西谷が何も言えなくなるってわかってた。

絶句する西谷に背を向けて、潔子に向き直った私は、

「潔子潔子ー!男の群れと花火見させちゃってごめんねー?」

その浴衣姿の美女を両手にしまいこむみたいに抱きしめて頬擦りする。

「わ、ちょっとナマエっ」

「浴衣美しすぎるよーっさすが私の女神っ!」

「んっもうナマエってば、恥ずかしいなあ」

潔子は当然のように嫌がるけど、私は今更ながら、女友達と花火大会に来るっていう初めての経験だったなあってなんだか感慨深かった。

「へへへ、会えて嬉しい。見つけてくれてありがとね、潔子!」

抱きしめた潔子からは、なんだかいつもと違う匂いがした。

「ううん、私もナマエが元気そうで安心した」

浴衣だからかな?少し奥ゆかしい匂いで、いつもの柔軟剤の香りとは違ったけれど潔子によく似合ってる。

「ね、潔子、来年は一緒に花火見ようね」

抱きしめた腕にぎゅっと力を入れてそう言った私に、

「……うん。楽しみにしてる」

少し間をおいて答えてくれた潔子は、どんな顔をしていたんだろう。

抱き締めたままじゃ、わからないままだった。





祭り会場からは続々と人が居なくなって、だいぶ歩きやすくなってきた。

途中、潔子との分かれ道まで一緒に歩くことにしたのだが、

「ナマエ、ほんとに大丈夫?私送ろうか……?」

皮膚がズル剥けた足はとんでもなく痛くて、私は演技の限界を迎えていた。

「いやいや、何言ってんのそしたら潔子が帰る時誰送るの」

「私は、」

1人で大丈夫、なんて言おうものなら、私は裸足になってでも潔子を送り届けなきゃならない。
こんな浴衣美女が1人で夜道なんて恐ろしすぎる。
まっとうな人間でも夜道で潔子に出会ったら道を踏み外すわ。

「大丈夫だって!コンビニ行けば絆創膏売ってるだろうし、家もそんな遠いわけじゃないし」

「俺送るかー?ミョウジ」

「はあ?菅原逆方向じゃん。私より潔子送り届けろよ!潔子に何かあったら許さないからな!」

私じゃないだろ!馬鹿野郎!そう怒鳴ると、

「じゃあミョウジは、」

「俺、送ります」

西谷が静かに言った。

「……西谷」

気持ちは嬉しい。嬉しいけど、あんた潔子の前だってことわかってる?
これ以上勘違いされかねないことしちゃダメでしょ。
そう思って何も言えない私に、

「家も近いし、ほぼほぼ同じ方向ですから任せてください」

西谷は迷いなく言った。

なんだか数時間前かららしくなくて、妙に静かだし言葉に覇気がなくてどうしたのかと思ったのだけど、そう言った西谷の目はいつもの真っ直ぐなそれだった。

「うん。じゃあ頼んだ」

そんな西谷の様子に安心したのだろうか。潔子も短く返事をしたのだけれど、その顔はあまりにも優しい微笑みで。

「…………っ」

きっと、見惚れて息を呑んだのなんか私だけじゃないと思う。

「任せてください、潔子さん!」

だって、そう返事をした西谷も、同じように優しく笑ったから。



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