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繋いだ手
花火の光が、夜空を染めるみたいに。 西谷の艶のある黒髪にも、その色が映って見えた。
「にし、のや……っどうして、ここに……?」
もしかして幽霊でも見てるんじゃないか。そんなバカみたいなことを考えてしまう私に、
「すみませんミョウジさんっ俺、頭に血がのぼってっ!まさかミョウジさんを置いてくとかっ!本当にっ」
すみませんでした。 そう言って頭を下げた西谷のお辞儀は、綺麗な90°で。
ああ、西谷ならいい営業マンになれるなって、場違いに思った。
「すみませんっ1人にして!なんか危ない目とかっ」
そうやって必死に謝罪してくれる西谷の姿に、私は冷えていこうとしていた何かが温まっていくのを感じる。
「大丈夫だよ。置いてかれたのはそりゃーいい気はしなかったけど、すぐ迎えに来てくれたじゃない」
見れば、泣きそうな顔で自分を責めている西谷。
「だからね、ありがとう」
そんな彼が握ってくれた手を握り返した。
「……っ!ミョウジさん……っ」
それに対して彼は驚いた様子で、私と握り返したその手を交互に見つめぱちぱちと瞬き。
それから彼は、
「って、ミョウジさんっ足っ!!」
どうやら私が隠したいと必死に耐えてきたそれに、気づいてしまった。
「血っ!血ぃ出てます!足からっ!」
あちゃー。 恐らく繋いだ手を何度も見た際に視線が下がって、下駄と足に目がいってしまったのだろう。
失敗。
「あー、なんか走ろうとしたら出ちゃった」
なんて軽い口調で言うのだが、
「……っ!俺が置いてったから!」
西谷はまた泣きそうな顔をする。 ああ、また自分を責めてるんだ。 折角お礼を言って、そんなことなんでもないって思わせることに成功したはずだったのに。
詰めが甘かったようだ。
「すみませんっ俺の所為でミョウジさんに怪我させるなんてっ」
繋いだ手まで彼の自責の念が伝わってくる。 きっと、自分があんな勝手な行動さえしなければ私が怪我することもなかったって思ってるんだ。
でも、そんなのはお門違いもいいところってもの。
「ふふ、ざんねーん!」
軽やかにそう言って西谷に笑いかけると、大きな瞳が驚いてさらに見開かれた。
「実はね、私学校の時点で足痛かったんだ」
「えっ!?」
「下駄なんか履き慣れないし、学校の周りって坂多いからなんか変に親指の横のとこ擦れちゃってさ。だから全然、西谷の所為じゃないよ」
そう。痛いなってのはずっと思ってた。それを黙っていたのも全く足を労らずに歩きまくったのも自分の責任だ。
彼の所為なわけがない。
「でも!ミョウジさんが足痛いんだって俺が気付けてたら、もっとゆっくり歩いたり!」
それなのに、責任感が強いってのは大変厄介なことのようだ。
彼は私の言い分など聞き入れちゃくれない。
「すみませんっ俺ほんとにガキでっ!自分のことばっかで」
そうやって、目の前の彼が悔しそうに唇を噛み締めたのに、私は酷く胸打たれた。
「……ねぇ、西谷」
こんな時に、こんな私の所為で目の前の西谷が苦しそうなのに、最低かもしれない。
それでも。
「ありがとう」
こんなに私のことを考えてくれたのが、嬉しかった。
歪んでるかな?酷いよね。
でも、嬉しかったんだよ。
「なん、で……」
西谷が言葉をなくして私を見上げるから、
「へへへへ」
私はそっと繋いだ手にもう片方の手を添える。
両手で包むと、彼の小ぶりの手は男の子なのに私とさして変わらないサイズだった。
「西谷が心配してくれて嬉しい!だからね、ありがとうだよ!」
でも、彼の手はいつも温かい。
そんな簡単で、なんでもないことが、今の私にはとてつもなくに意味のあることだった。
*
西谷と2人、近くの土手に腰かけた。
折角の花火をゆっくり見たかったわけだけれど、バレー部の皆が場所取りしてくれたビニールシートまで歩くには、私の足がへなちょこだったからだ。
私は浴衣が汚れないようにハンカチを敷いて、西谷は男らしくそのまま地べたに座った。
「ごめんね西谷。みんなと一緒に花火見れなくて」
そうやって素直に謝罪した私に、
「何言ってるんですか。花火はまた来年もありますよ!みんなと見るのは、また来年の楽しみにしましょう!」
少しの翳りもない笑顔を向けてくれる西谷。
私の所為でバレー部の皆のところに帰れず、つまりは想いを寄せる潔子と花火を見ることも叶わなかったのに。 ほんと、いいやつ過ぎて。
「……心配」
気付いたら口に出ていた。 そんな言葉を、西谷はどんな風に受け取ったんだろうか。
「大丈夫っスよ!電話したら旭さんの分の飯は龍たちが買ってきてたみたいですし、ミョウジさんは何にも気にしなくていいんです」
そうやって私を安心させようと優しい声で言ってくれるのを見る限り、正しい意味合いで伝わっていなかったのは確かだ。
まあ、別に聞かせたい言葉じゃなかったし、よかったけど。
どーん、と大きな音に、体の芯が震わされる。 途端に花開く火花は、世のどんな花より儚くて。
それでも見た者全ての心に、色鮮やかに咲いたまま残るんだろうなって、思った。
すぐ散ってしまうから、心に鮮烈に残るだなんて。 まるで恋みたいだ。
「綺麗だね」
空に投げた呟きに、西谷が答えることはない。 普段はあんなに煩いくせに、空気を読んでいるんだろうか。
疑問に思って横を見やれば、色とりどりの光に照らされたまま、彼は真っ直ぐ私を見つめていた。
「西谷……?」
花火見ないの?そう問いかける私の言葉も、まるで聞こえないように何も返してくれない。
けれど見つめた視線を逸らす気にもなれずに、そのまま西谷に映る鮮やかな色に魅入っていると、 何故だか離し難くなってしまってずっと繋がれていた温かな手が、大切なものを掴むように。ぎゅっと握り返された。
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