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黒尾鉄朗は報われない
夜久が一方的に電話を切るから、急いで掛け直せば、あいつは電源ごと切りやがったらしい。二度ほどかけ直したけれど無駄だと判断した俺は、
「悪い、立川。俺ちょっと消える」
血相変えて俺に携帯を渡してきた小柄な女子に声をかけた。
「え?夜久なんて……?ナマエちゃんはっ」
立川は美人でもなければスタイルも普通って感じだが、小さな彼女がニコニコ話しかけてくると妙に男共は鼻の下を伸ばしちまう、可愛い系筆頭みたいな女子だった。
噂好きの男好きだから、俺はあんまり得意じゃないってのが正直な感想だったんだが、最近妙にミョウジと仲が良くて、今日も明らかに夜久とミョウジをペアになるように仕組んでた張本人だ。
多分、俺の読みじゃこの肝試し自体がミョウジが夜久に告白でもする為に計画されたものだろう。 そうやって他人のことにしゃしゃり出ていく精神は俺も人のこと言えないだろうけど、どうかと思う。
「神社にいるって言うから、迎えに行ってくる。一応、見つけたら連絡するから携帯気にしといてくれ」
けど、今立川がミョウジを心配している気持ちに、少なくとも嘘はないだろう。
「それはもちろんだけど、え、どういうこと!?」
戸惑う彼女の質問に答えてやれるほど、俺は夜久からちゃんと状況を説明されてない。
「わかんねぇけど、多分」
気付けば、異変に気付いたのか立川の他にも俺の方を困惑した顔で見つめてくる女子がいた。
その視線は多分、下世話な好奇心なんかじゃない。 ……ミョウジはいつの間に、こんなに女性ファンまで獲得してたんだよ? そう笑いたいのに、乾いた笑いすら浮かんでこない。
「夜久はミョウジをフッたんだと思う」
それだけ言って、俺は携帯のライト片手に獣道へ突っ込む。
鬱蒼と茂る草木は腕や足に当たるたび、皮膚が切れて痛みが走った。 その道は正規の参道とは違うからだろうが、道なりもあまりにがたがたで険しい。
正直、夜久と手を繋いでいたとはいえミョウジはよくサンダルでこんな道を行ったもんだ。
40分程前のことだったろうか。 夜久がミョウジの手を握って肝試しに乗り出していったのは。
その二人の後ろ姿を見て、俺は自分の中でずっと燻っていた感情をようやく終わらせる日が来た、と思った。
ミョウジが夜久に初めて告白した日。 あの始業式の日。 ああ、やっぱりあの日に道端で泣きじゃくっていたのはミョウジだったのか、なんて冷静に思った。
夜久はまるで気づいてない、というよりあの日のことを覚えているのかも分からなかったが、俺は一年の夏の日に助けた子猫とその飼い主のことを割りと覚えていた。
まず、同年代の女の子が夜道で号泣しているなんてのは控えめに言っても衝撃的な光景だった。 その子がどうやら木に登った子猫が降りれなくなったから泣いているんだと気が付くまで、俺は何か重大な事件にでも巻き込まれているのかと結構ビビったからだ。
夜久は初めこそ俺に肩車されるのを嫌がったりしたけど、最終的には子猫に散々抵抗されながらも笑顔でその子に子猫を返していた。 多分、思いの外美人な子だったから驚いたんだろ。あいつショートカット好きだし。あの頃ミョウジはショートカットだったからな。
けど、その後彼女と夜久、それに俺にだって接点はなかった。そういやあの子4組の子に似てたかな?なんて思ったりはしたんだがその時点ではミョウジだという確証はなかった(わざわざ確かめる必要も感じてなかった)。だって女って化粧で顔変わりやがるし、そんな一年の一学期なんかで、他のクラスの女の子をしっかり記憶してるわけないからな。
だからミョウジが夜久に告白した時、ああ、なるほどと納得した。やっぱりあの子か、と。
それから、彼女はこの2年あまりの期間にすっかりショートカットからロングヘアーになり、スタイル上々で美人だし、正直俺のタイプだったから、こりゃーミョウジに協力するよ、と近寄って仲良くなればワンチャンあるんじゃね?! なんて思ったりしたんだが、ミョウジはどうやらあれから自身の中で大事に大事に夜久への想いを育てて来たらしく、夜久以外の男にはかけらの興味も持ちあわせちゃいなかった。 おいおい、お前ん家の子猫ちゃん助けてやったのは俺と!夜久だぞ。何度そうキレたくなったか知れない。
まあ、結局一度も言ったことねーけどな。
俺がそんな不遇の扱いを受け入れちまったのは、言っちまえばミョウジが夜久を思う姿があまりに一生懸命で可愛くて、幸せそうで。 なんで夜久なんだ。 俺がお前を先に見つけてやったのに、なんてイラつく気持ち以上に、このままミョウジが幸せそうに微笑んでる姿を眺めていたいと思っちまったからだ。
夜久、俺はお前にならミョウジを任せられるって、幸せにしてくれって、ずっと思ってたんだよ。 だって俺は夜久を好きなミョウジを、好きになったんだから。
まあ夜久になら、仕方ねーか。そう思っていたのに。
それなのにこれはどういうことなんだよ。どんな裏切りだ。
暗い森の中にひっそりと佇む神社から少し降りた階段に、ほんとうにひとりぼっちで、彼女はいた。
その姿を見つけた時、俺は絶句した。
ミョウジがズタズタに傷付いて、泣きじゃくっているものと思っていたのに、
「あれ、黒尾?なんで一人?」
平然とそこに座って、ケロっとした顔でそんなふざけたことを言ってきたからだ。
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