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第一次かき氷ショック



夏とはいえ、田舎の夜は蒸し暑い東京とは違う。
ひんやりと底冷えするような風が浴衣には丁度いい。

潔子に浴衣を着付けてあげようと思っていたら、丁重にお断りされた。
自分で着れるし、シャワー浴びたいから先にお祭り行ってて、なんて言われて、私ひとりじゃナンパされちゃうよ!ってごねたら、
澤村達が花火の場所取りしてるから一緒に待っててなんて言われた。

「デートなのに!潔子のばかー!」

川辺に敷かれたブルーシートの上で川に向かって叫んだ。

「まあまあ、女同士とはいえ着替えさせられるのは恥ずかしいんだろ」

宥めるように言ったのは東峰くん。

「だってさー、私が着付けに紛れて潔子の柔肌に触りまくるのどれだけ楽しみにしてたと思うのよー」

そう。着付けにこじつけて普段は隠されたこんなところやあんなところを触りまくり、髪を結ってあげるねって言ってそのしなやかな指通りを心ゆくまで堪能してやろうと思っていたのに。

「ミョウジの考えてることがわかったから清水は着付けさせなかったんじゃないかなー」

はは、と曖昧に笑う彼は私の丁度左隣に陣取っていて、確かに西谷の言うように顔に似合わず節々から気の弱さと優しさが滲み出ていた。

今まで話す機会なんかなかったけれど、ここに来るまでに話してみて思った私の印象は、優しい熊って感じ。

「ね、今私と潔子のお着替えシーン想像したでしょう?ヤラシイなあ菅原ー!」

そう言って前に座る菅原の背中をどつくと、

「な!してねーよ!」

夏なのに女顔負けに色白な彼が振り返る。いくら室内競技だからってさ、日焼け止めちゃんと塗ってる様子もないし、ほんとどーなってんのこいつ!

「嫌だわー!ねぇ西谷ー!あんたの先輩がヤラシイ目で見てくるよー!助けてー!」

「見てねーべ!自意識過剰だ!」

そして私の右隣には西谷。
その腕に自身の腕を絡ませてぎゅっと引き寄せると、

「うぉう……っミョウジさんっ」

バランスを崩して私の方へ寄りかかる形となり、がしゃりと音がした。

「え、やだごめん!大丈夫?」

「あ、大丈夫っス!俺は……」

私の膝の上から起き上がって、上目遣いにこちらを見上げた大きな瞳。
西谷の右手が私の太ももの上に乗っていて体重がかかっていたけれど、別にそこまで重くはない。さすがはチビ助、とか言ったら怒るかな。

鼻先10センチ。至近距離でぱちりと見つめ合うと、西谷が赤くなって慌てふためく。

「うわあ!ミョウジさんっすみませんっ俺!」

正直そんなに狼狽えられると私まで照れるな、なんて思っていると、急いで飛び起きた彼が、

「うわあっ!旭さん!」

また一段と大きな声で叫んだ。

「うわ、旭!大丈夫か!?」

菅原も声を荒げて、いったい何事かと私も左側に座る東峰くんを振り返った。

すると、

「いやぁ、冷たいけどとりあえず大丈夫だよ」

西谷の持っていたかき氷が吹っ飛んでどういうわけか東峰くんにぶっかかっていた。
がしゃりって音の正体だ。

はは、と苦笑いする彼は怒った様子も慌てた様子もない。かと思えば自身の胸元から大胆にかかったかき氷を、振りはらいに行くべく立ち上がった。

「え、ちょっごめん東峰くん!!」

私の所為だ。私が西谷の腕を掴んだからバランスを崩してかき氷が東峰くんにかかったのだ。
そう判断した私は立ち上がる彼についてブルーシートの端まで走り寄る。

「大丈夫大丈夫!別に怪我したとかじゃないんだし、洗えば落ちるよ」

そんな風に東峰くんは穏やかに言うけれど、彼の着ているTシャツからは甘ったるい匂いがしていて、その色はよりによってブルーハワイだ。

あちゃー。としか言えない光景。

「でも、べたべたするでしょ?本当にごめんね?」

どうしよう。家はそんなに近いわけじゃないし大体東峰くんが着れるようなサイズの服なんてないしな。

だからって彼をこのままってわけには……なんて考えていると、

「旭さんっ!すみませんっ俺の所為で!!」

背後で同じように心配して付いてきたらしい西谷が声を上げた。

「いやぁ、今のは事故だろ。気にすんなよ西谷」

なんて寛大なんだろう。
Tシャツの青は鮮やかに元の色を侵食しているのに、まるで気にした様子がない。

「……すみませんっ」

けれど、その想いなど悔しそうに言う西谷には届いていないようだ。
彼にとって東峰くんは憧れでもあるはずだ。
その先輩にかき氷をぶっかけたのだから、そりゃあショックも仕方ないというものだ。

……今は、こんなことしか思い浮かばないなあ。

「ね、東峰くんまだ夕飯買いに行ってないよね?」

流石はバレー部のエース。私女にしてはかなり身長あるんだけど、東峰くんには完全に見下ろされてしまう。
このしっかりとした体躯も、きっと西谷にとっては憧れの対象なんだろうな。なんてこんな時なのに呑気に思った。

「ん?ああ。澤村達が帰ってきてから場所取りを交代しても、まだ花火上がるまでには間に合うと思うし」

実は私達もそのつもりで、東峰くんと西谷、それから菅原と四人でバレー部の皆さんが屋台で色々と買ってくるのを待っているところだったのだ。

「それさ、私今から行ってきちゃだめ?」

浴衣に合わせて買った巾着を振りながら、少し上の視点にある東峰くんに上目遣いでウインク。

「〜〜っ!」
「…………っ!」

彼が驚いているうちに、畳み掛けるように言うけれど、なんだか西谷が息を飲む音まで聞こえた。

ははーん、さては私のやり口に気付いたかー?

「そのかき氷、実際私の所為だし、夕飯奢らせてよ?」

にんまり。笑うと、最早人が良さそうしか見えない髭面が少し頬を染めてたじろぐのが分かった。

「い、いや、でもそれは流石に」

おそらく、遠慮しているのだろう。私達は今日初めて言葉を交わしたような仲だ。いくら私の所為でTシャツがぐしょぐしょになってしまったからとはいえ、奢るなんて言葉に遠慮してしまうのは仕方のないことだった。

だから、

「奢らせてくれないなら今すぐそのTシャツと短パンその辺の水道で洗ってきてあげるから脱ぎな」

駄目押しも忘れない。

「え、いやー、それじゃ俺パンツになっちゃうんだけどミョウジ……」

「そだねー?通報されないといいね?」

「なんで俺かき氷かかった挙句脅されてるんだ……?」

「だからね、奢らせてね?」

にんまり。先ほどと同じように笑いかけたのに、今度は顔を蒼くして項垂れる東峰くん。

「もーわかったよ。お願いします」

諦めて頷いた彼を見て、

「よーし!そうこなくっちゃー!」

私は笑顔で両手を打った。

ちょろいなー東峰くん。
これからチョロヒゲって呼ぼうかなー?



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