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夜久くんを笑顔に出来る私なら、



夜久くんが冷たい。

「ねえねえ夜久くん!」

それはいつものこと。けれど、

「夜久くんってばー」

「……ああ」

こんなに覇気もなくツッコミもなく毒舌もない夜久くんなんて初めてだ。

「夜久くん、もう放課後だよー?バレー部行かなくていいの?」

どさくさに紛れて肩に触れちゃう私のこともまるで気にする様子もない。

「ああ、行く」

そう言って立ち上がる夜久くんに、

「うおーい!夜っ久ん行こーぜー」

黒尾が声を掛ける。

途端、ピクリと震える背中。

……あれ、何この反応。

「おう。行くよ」

そう言って私の手を振り払う夜久くんが、どうしてか辛そうに唇を噛むから。

私は激情に任せて頭に血がのぼるのを止められなかった。

「黒尾!」

気づいたら私の右手は大分目線の上にある黒尾のYシャツの胸倉を掴んでいて。

「あんた夜久くんに何したのっ!?」

叫んでた。

その叫びが喉を揺らした衝撃で、私はようやく自分が何をしているのか理解した。

でも、理解したからって止めるわけじゃあないけどね。

「……ミョウジ!?」

夜久くんは突如として自身の友人に牙を剥いた私に、酷く動揺していた。

でも、そんなこと関係ない。
今の私は自分で歯止めが利かないくらいに猛っていた。

「何したのよ!!」

頭上の黒尾を睨みつけながら吠えると、

「べっつにー?俺は何もやってないしミョウジが考えてるようなこと俺と夜久の間に起こるわけないだろ?」

いつもの人を小馬鹿にしたような態度で黒尾は言う。

「じゃあなんで夜久くんがあんな顔してんのよ!」

「だから知らねーって。俺の方が知りてぇわ」

白々しい。黒尾が声をかけた瞬間夜久くんはその大きな瞳を細めて、眉根を寄せて、辛そうに唇を噛んだんだ。

「でも明らかにあんたが声掛けた時に辛そうな顔した!だったら理由は黒尾しか考えられないでしょ!!」

目の前の黒尾に唾が飛ぶのも気にしない勢いで怒鳴る私に、

「……やめろ」

夜久くんが困惑した顔で言う。
普段ならきっと、夜久くんがやめろって言うのなら急いで黒尾から飛び退いただろう。

けれど、今この場面において夜久くんの制止なんかなんの意味も持たない。

「だから知らねーって。ミョウジこそあーんな夜っ久ん大好きトーク盗み聞かれてたのによ、なーんも言ってくれない夜久の何処がいいんだよ?それとも何か?お前実は夜久の気持ちなんかどうでも良くて、自分が恋愛ごっこ出来りゃそれでいいのかよ?」

あくまでシラを切るつもりの黒尾は、話をそらすように私のことを挑発する。

「……っな!そんなこと今っあんたに関係ないでしょ!?」

そんな手には乗らないと思う反面、その言葉は私の心を抉るようで。

胸が焼けるように痛んだ。

「関係なくはねーだろ。夜久は俺らバレー部の、チームの要なんだよ。こんなしけた面のままじゃ練習になんねーだろ」

そんなわかりきったことを言ってくる黒尾に、

「なあ、やめろって」

夜久くんは先ほどより焦りを強くしたような声色で止めようとする。

けれど、完全に頭に血が上ってしまっている私は、夜久くんがさっきよりよっぽど辛そうな顔をしていることなんかに気付けなくて。

「〜〜っだから!それがあんたの所為なんじゃないのって言ってんの!夜久くんはあんたがっ」
「やめろって言ってんだろっ!!」

ついに夜久くんが聞いたこともない悲痛な声で叫ぶまで、やめられなかった。

「夜久くん」
「…………」

驚いて固まる私に、無言のまま夜久くんを睨みつける黒尾。

「俺は大丈夫だし、気を遣わせたのは悪かったけど原因は別に黒尾じゃないんだ。ミョウジも、女の子なんだからそんな喧嘩売るみたいのやめろ」

「……夜久くんっ」

そんな静かな声で諭すように言われると、私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。なんて今更に気付き始める。

「すまん黒尾」

勘違いして飛びかかったのは私なのに、何故だか代わりに謝る夜久くんに、自身の短慮が恥ずかしくなってきて泣きそうになる。

なんて、一瞬にして牙を失う私に、

「ああ。俺は麗しのミョウジ嬢に罵倒されるプレイだとでも思っとくから平気だぜー」

黒尾は言う。

「……きもっ」

瞬時に黒尾の首元から手を離す。
夜久くんに制止されてからも惰性で掴んでしまっていたのだ。

「傷付くなーおい」

そんな心にもなさそうな軽口を叩いてくる黒尾。

「行こう。遅くなっちまう」

そんな黒尾のことなど見もせずに私達の隣を通り過ぎていく夜久くん。

その背中がまだ何かに苦しんでるってわかってしまうから、私はまた泣きたくなる。

好きな人が悩んでるのに、自分はちっとも力になれないなんて。
そんな無力を突きつけられることが、こんなにも苦しいものだなんて。

あなたを笑顔にしてあげられる私ならよかったのに。
そう願うのは思い上がりなのかな。




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