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浴衣三割増しっていうよね
夏休み、バイトと夏期講習以外にはやることはなくて、私休みの日に遊びに行けるような友達って、潔子だけなんだよなーなんて思い知っていた。 まあ、別にいいんだけどね? 強がってねーし!!
白地に青を基調とした百合の花の浴衣は、中学の時に買ったものだった。
東京にいた時は、隅田川とか江戸川とか大きな花火大会の度にこれを着たっけ。
女友達がみんなして彼氏とデートっていうから、私を連れ出してくれたのはいつもクロだった。 一緒に連れて行こうとした研磨が嫌がって行こうとしなくて、仕方ないからりんご飴をお土産に買って帰ったっけ。
あの頃は楽しかったな。 両親は共働きでいつもいなかったけれど、近所の幼馴染の家でゲームしたりバレーの練習に付き合ったり。
今でもたまに、会いたくなる。 一人っ子で家にいつも1人だった私を、連れ出してくれた2人の幼馴染。
両親の不和があっても。見てくれがいいってだけでろくに話したこともない男の子に告白されても。それが原因で友達だと思っていた子達に僻まれて陰口を言われても。
それでも、この広い家に独りきりよりはよっぽどましだった。
潔子だけだ。 今の私には、潔子だけ。
私達はたくさんのことが正反対なのに、ひょんなことから共通点を知って仲良くなった。 きっかけは些細なもの。 でも知らない土地、ひとりぼっちの学校で私が素で笑えるようになったのは潔子のお陰だ。
だから、私から潔子を奪おうとするものなんか本当は全部大嫌いだ。 バレー部だって潔子がやりたくてやっていることに文句なんかつけるつもりは無いけれど、あんな男の子に囲まれて雑用みたいなことばっかりやるなんて私には理解できない。 くだらない嫉妬だ。でももっと一緒にいてくれたらいいのになって思ってしまうのをやめられるわけじゃない。
夏祭り、潔子との待ち合わせまでまだ1時間近くあった。 気合を入れて早く来すぎてしまったのだ。
まだ辺りは明るかったけれど、花火会場近くには既に屋台が出ていて騒がしい。
部活が終わるまで潔子に連絡はつかないはずなので、きっと電話しても出ないだろうな。
浴衣を着付けて髪をセットして化粧をしたら、我ながら完璧だった。
あーあ。こんなときにめちゃめちゃ褒めてくれる西谷でもいたらな、待ち時間も暇じゃないしお洒落してきた甲斐もあるってもんなのに。
あの晴れやかな笑顔で、綺麗って言ってくれたなら。 ありがとうって、素直に笑えるのに。
懐かしい浴衣を出してきた所為で、なんだか余計な感情に浸ってしまった。 だからいつも楽しい気持ちにさせてくれる西谷に会って、つまらないことなんかどうでもよくなるような話で笑わせて欲しかった。
「……迎えに、行こっかな」
*
そう思いついて学校まで歩くと、履き慣れない下駄が既に痛み出していた。
少しだけ、はしゃぎ過ぎた短慮を呪う。
バレー部が練習しているだろう体育館に着くと、どうやら丁度終わったところで。片付けの音が体育館の外まで響いていた。
「浴衣の美女がいる!」
覗き込む私にそう叫んだのは、坊主の目つきの悪い一年だった。名前なんだっけ、田中?だっけ? その一言に驚いた男子バレー部のみなさんが、皆一斉にこちらを向いた。
「あの、潔子いますか?」
一番近くにいた人に声をかけると、東峰くんだった。
「清水なら多分トイレで」
どおりで。その一言で納得がいった。 こんな男だらけのむさ苦しい空間で、潔子みたいな美女がいたらすぐに気づける。
「なるほど!ありがとう東峰くん!」
「い、いやぁ」
お礼を言う私になんてことないと頭を掻いた彼は、その強面に似合わず人の良さそうな印象。 そういや西谷も言ってたな、旭さん気が弱いって。
「ミョウジ、清水と夏祭り行く約束してるんだべ?」
考え込んでいた私に話しかけてきたのは菅原。ポールを片付けてネットを畳んで、と忙しそうなのに邪魔をするようで少し気が引けた。
「うん。ちょっと早く家出ちゃって、だから迎えに来たんだけど」
とりあえずここで待たせてもらおうかな。隅っこで座っとけばいいし。
「ってか、浴衣いいなー!三割増し!」
にかっと笑った菅原は何の下心も感じさせない爽やかさでそう言う。 なんていうか、こいつのこういうところって凄いよなー。男子が女子を褒めるのって意外と難しいものだと思うんだけど、菅原はなんの害もなさそう。
「ありがとー!まあ私もともと可愛いけどねー?」
「顔はな!」
「はあ?全てが可愛いしむしろ可愛さそのものでしょ」
なんの実もない話をしていると、
「あれ、ナマエ?」
背後からかけられた清らかな声。 振り返らなくてもわかる。
「潔子!」
染まらない髪を後ろで結った、うなじが美しい私の大好きな親友だ。 うん。ポニーテールも最高!!
「どうして学校にいるの?」
「ごめん待ちきれなかった!わくわくして早く家出すぎたよー!」
きょとんとした顔も可愛い、私の潔子。
「ふふ、気が早いなぁナマエってば」
笑顔はもっと眩しい、私の女神。 なんだろ、ジャージとかTシャツでこんなに可愛いとかいっそ!恐ろしい!
「だってー!早く潔子に会いたくて」
潔子の笑顔を堪能していると、
「……ミョウジさん!ミョウジさんなんスか!?」
さっき会いたいなーなんて血迷ったりした、西谷が体育館の奥から現れた。
手には床を拭く為のモップ。どうやら倉庫部分から出してきたところらしい。
「うぉーっ!!浴衣が!眩しいっ!ミョウジさん天女かもしんねぇー!」
奇声と共に口にしてくれる大袈裟な賞賛に、わざわざ出向いてきた私はご満悦。
「ありがと、褒めてつかわす」
ニッコリ微笑めば、
「祭り、楽しみっスね!」
西谷もいつもの晴れやかな笑い返してくれて。 ああ、下駄でしんどかったけど歩いてきてよかった!って、心から思えた。
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