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未だ見慣れぬ星空



文化祭まで二週間と迫ったある日。

「ナマエ!ごめん!」

そう言って潔子が深々と頭を下げたので、私は動揺して食べようとしたウィンナーを落とした。

「へ?どしたの?!」

「文化祭一緒に回る約束してたでしょう?でも、当日委員会の仕事が出来ちゃって」

「え?!そうなの?!」

「クラスの出し物も手伝わないといけないから、もしかしたら回れなさそうで」

本当に申し訳なさそうに言う潔子に、私は全然気にしないでー!と笑顔を作った。

「そっかー!私もメイド喫茶忙しくて抜けられるかわからなかったし、大丈夫!気にしないでー!」

正直、メイド喫茶でメイド役となった時点で私の未来はほぼ絶たれたようなものだった。
だが、潔子には必ず暇を見つけて抜けるから一緒に回ろうと言っていたのだ。

忙しいとはいえご飯を食べる暇くらいは皆も用意してくれるだろうし、少しでもいいから潔子と文化祭を回りたい。

そう思った私の希望も、今、まさに打ち砕かれた。

本当なら今すぐ膝から崩れ落ちたい気分だった。
私が何をしたんだ、と。

私はただ大好きな潔子と一年に一度の行事を満喫、とまではいかなくても一緒に過ごしたかっただけなのに。
どうしてこうも誰も彼もが邪魔をして、何もかも思い通りにいかないのか。

そう嘆きたい気持ちでいっぱいだったけれど、

「本当にごめんね」

そう謝る潔子の申し訳なさそうな顔を見て不満など口にする気など起きるはずもない。

「全然気にしないでよー!もともと望み薄だったし!」

笑う私を見て、潔子は眉を顰めた。
きっと潔子にかかれば私の心中などお見通しなのだろう。

それでも、私の強がりを気づかぬふりでそっと微笑んでくれる、潔子のなんと優しいことか。

「ありがとね、ナマエ。お互い少しでも楽しもう」

私達はそれから、当日は会えないけれど互いにいい思い出が出来ることを祈りあって軽く抱きしめあった。

これで私達はお付き合いしていないというのだから、本当にびっくりしてしまうものだ。





それから当日までは、もう驚くほど忙しく、メイド喫茶をやると決めたもののメイド喫茶など行ったこともないという皆に、私は中学時代何度か行ったメイド喫茶がどういうものだったのかを事細かに話した。

価格設定や色々なコンセプトがあったりすること、商品やサービスなど、参考になりそうなこともならなそうなことも、自分が知っていることは事細かに話し、参考にし、私達のクラスは他に何クラスかが開くらしいメイド喫茶よりも遥かに出来の良いものとなりつつあった。

可愛い服は嫌いではない。目立つのが好きということはないが、可愛いと褒められるのは当然好きだ。
したがって、初めは嫌々ではあったものの、前日にはもうメイドとしての所作も完璧に覚え、当日は必ず一番の売り上げを叩き出してやる。
そしてその売り上げで打ち上げだ!とか開き直っていた。

当日、潔子に会えない悲しみはそれまでのお昼休みにへばりつくことで大体癒された。

あとはもう、当日を待つばかり!

「じゃ、明日は頑張ろー!」

放課後まだ残るという皆に手を振って、別れを告げた。
何人かにもう外も暗いからと心配されたけれど、送ってもらうほどか弱いつもりもないのでその手の話はすべて断った。


こつこつ、と暗い廊下に私の足音が反響した。

どうして学校ってやつは、夜照明が落ちただけでこんなにも不気味になってしまうのだろうか。

非常口の緑色のライトだけが廊下を照らし、いつも歩いているそこはまるで知らない場所のようだ。

先生め。廊下から昇降口くらいまでは電気つけたままにしておいてくれてもいいものを。
そんな恨み言を言いたくなっても、聞いてくれる人などいない。

ちょっとだけ怖いなあ。寂しいなあ。
なんて、思った矢先、

「ミョウジさん?」
「っひゃああ!!」

後ろから声が掛けられた。

「ななななな!」

さっき通った時は誰もいなかったはず。
第一足音も!

なんてテンパる私の肩を掴んでぬっと横から顔を出したのは、

「ちょ、驚きすぎっすよ!」

西谷だった。





ワックスと、恐らくスプレーで逆立てられた黒髪。脱色された前髪だけが暗闇に少し浮いて見える。

その髪型はちょっと身長詐欺してるでしょ、なんて言ったら、怒り出すんだろうな。

「西谷!ちょっと!脅かさないでよー!!」

はーっと息を吐き出すも、申し訳なさそうな様子は欠片もない西谷。

「え?あ、スンマセン!そんな驚くと思わなくて」

「どっから出てきたの?」

「便所っス!」

「へー。あ、そう」

その飄々とした態度に、私は小さな怒りすら覚えそうになったけれど、暗くなった校舎内が怖かった。などという事実を馬鹿にされるのが嫌で私も努めて淡々と話した。

「つーか先輩、今帰りですか?」

「うん。明日の準備でねー!まだ残ってる子もいるよー」

「うわ、気合い入ってますね!」

そういう西谷は部活帰りなのだろう。
ジャージからはほんのり制汗剤の匂いがした。

「まーね!うちが人気投票1位は頂きます」

ついでに売り上げ1位も頂こうと思っている。

「あれ、先輩のクラスメイド喫茶でしたっけ?」

恐らく菅原から聞いているのか、私が言う前に西谷はメイド喫茶と知っていた。

「うん。そだよー。うちのクラス女子のレベル高いし」

「ミョウジさんを筆頭にスか?すげー!行きてー!」

そう言って瞳を輝かせる西谷。
なんだお前。潔子のファンじゃないのか!そこは潔子さんのクラスがメイド喫茶だったらいいのにー!だろ!
なんで潔子のクラスはお化け屋敷なんだよ。

「えー?西谷はお断り!」

「ちょ!なんでっすか!」

「だってお金無さそうだし!」

ぐう、否定できねー!なんて嘆く彼に背を向けて、

「ま、貯金はたいておいでやす」

私はにんまり笑った。

西谷が来たら、肩組んで写真撮ってやろうかな。
潔子の信者としてあるまじき姿を、潔子に見せびらかしちゃおうかな。

あ、でもそれ、私も浮気か。

なんて考えていると、

「ミョウジさん、帰り1人っすよね」

「ん?うん。悪い?」

「いや、送ります」

西谷はなんでもないように平然と隣を歩く。

「ん?いーよいーよ!家そんな遠くないし!」

「いやいや、ミョウジさんみたいな美女が暗くなってから1人で歩くのは良くないっスよ!」

美女。
その一言で私は断固拒否の姿勢を崩されそうになってしまうから不思議である。

確かに私みたいな可愛い女の子、何があるかわかったもんじゃないな。とか考えだしてしまう。

「送ります」

「んー、わかった。よろしく」

「はい!任せてください!」

そう言って笑う西谷の笑顔は眩しくて、さっきまで怖かったはずの暗がりが全く気にならない自分に気付いた。

なんていうかほんと、邪険にしずらいんだよなぁ、こいつ。





西谷と帰る夜道は、思った以上に楽しくて。
裏表のないその笑顔につられて、私はたくさん笑った。

西谷と田中がお昼に焼きそばパンを取り合って坂ノ下商店まで走っている話。東峰くんがへなちょこエースだって話。
隣で本当に楽しそうに話してくれる西谷。

暗がりに浮かぶ満面の笑顔に、少しだけ胸が高鳴った。

「ってか、ミョウジさんち意外に近所でビビりました」

「確かに!家出る時間とか違うからかなー?近所で会ったことないよね」

驚くことに、西谷の家は私の家から徒歩2分程しか離れておらず、本当にご近所だった。

「ミョウジさんって、高校でこっち来たんスよね」

「そだよー。よく知ってんね」

少し驚いてそう言うと、西谷はバツの悪そうな顔をする。

「あ、いや、スガさんから聞いたことあったなって」

「なるほど」

別に変に周囲を嗅ぎ回られているとかではないだろうし、本当にスガが世間話で話したんだろうことはわかったけれど、困り顔の西谷を見ていると、

「そんなに私のこと気になっちゃった?」

不思議と意地悪な気持ちになる。
もっと困らせてやりたい。だなんて。
にやりと口元に弧を描いて、不敵に笑ってみせれば、

「え?!いや?!」

動揺する西谷が面白い。

「やだーもう西谷ってば!女の子なら誰でも興味津々?潔子に言っちゃおっかなー?」

「〜〜っ!ミョウジさん!」

「ん?なあにー?」

「……俺は好きな女にしか興味無いっスよ」

そう言った西谷の瞳は、真剣そのもので。
私はうっかりその整った顔に魅入ってしまった。

「ご、ごめんごめん。ちょっとふざけすぎたわ」

謝りながら目線を逸らしたのは、何故だか照れそうになってしまうのを隠したくて。

別に自分が好きな女だと言われたわけではないのに、真っ直ぐな視線に射抜かれてどぎまぎした。

「あ、いや、別に怒ってるとかではないんスけど!」

「なんていうか、西谷って」

空を見上げると、東京に住んでいた頃には見れなかった綺麗な星空があった。

「かっこいいね、あんた」

空にポツンと呟くと、

「ミョウジさん、……もしかして俺に惚れました?!」

隣からアホみたいな声が聞こえたので、とりあえずヘッドロックをかましてやった。




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