(ルーク幼少期)
こらルーク!と声をあげるガイの声を振り切って、靴も履かずに窓から外に飛び出した。ぺたぺたと小さな素足が、屋敷の庭を駆け抜ける。向かう先は決めていないが、ルークは昔からかくれんぼは大の得意だった。ガイを怒らせた理由はもう既にあまり覚えていなかったが、暫く見つかることもないだろう。
ルークはとりあえず、と手近な茂みに飛び込んだ。ここは屋敷の庭の影になっている奥地であるし、たわわな茂みはルークの小さな体をすっぽりと隠してくれる。これはいい隠れ場所になるなあ、とルークはほくそ笑んだ。
特にすることもなく、膝をかかえてしゃがみこみながら時間が経つのを待つ。時計がないためどれだけ時間が経ったかは分からないが、少なくとも真上にあった太陽がそれなりに傾いた辺り。突然ルークが潜む茂みが、がさがさと音を立てた。ガイの声は大分遠くから聞こえるから、彼ではない。なら、誰が。息を潜め警戒するルークの目の前に飛び出る、手袋をした手。
「……あら、ふふ、ルーク、みいつけた。こんなところにいたのね」
ガサッと茂みを掻き分けて現れたのは、さらさらの銀髪に葉を引っ掛けて安心したように微笑むリアだった。まさかリアまで探しているとは思っていなかったルークは、大きな目を真ん丸にさせて驚いた。そんな彼にリアは笑って、「ガイが探してるわよ、」と告げる。
「……やだよ、どうせまた勉強しろって言うもん」
「あら、ルークは勉強が嫌い?」
「嫌い。だってワケわかんねーし、他にも色々覚えなきゃなんねーし」
ルークの言う色々のさす意味に気付いたリアは、眉を下げた。それもそうだ。マルクト帝国に攫われ、そのショックから記憶を失ったルークは母親の顔すら覚えていなかったのだ。
「……じゃあルーク、今日はわたしとお勉強しましょうか」
「リアと?」
「ええそうよ。お花のお勉強」
にこりと笑うと、ルークがえー、と不満げな声をあげる。確かにまあ、これくらいの男の子なら普通花よりも剣技の方が興味はあるだろう。しかし、眺めるだけが花ではないのだ。
「例えば、ああ、この花なんかは食べられるのよ」
「うっそ!花って食えんの!?」
「ものにもよるけどね。見たり添えるだけが花じゃないってこと」
どう、面白くない?覗き込むと、きらきらと瞳を輝かせたルークがぶんぶんと頭を縦に振る。それならよかった。ほっと息を吐いて、続きをせがむルークに色々な花について説明をしてやる。麗らかな春の陽気の中、穏やかな時間がゆったりと流れていく。
「……おや、」
ガサッと茂みを掻き分けてひょっこりと顔を出したガイは、あーあと呟いて頬を緩めた。
そこには、緑の絨毯の上で並んで眠る自分の主と年上の友人。
「リアまで幸せそうに寝ちゃってまぁ」
微笑ましい光景に目を細めたガイは、ブランケットをとりに部屋へ向かう。このまま俺も一緒に寝ちまおうかなあ、なんて、庭師の同室者に聞かれたら叱られそうなことを呟きながら。
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エリカの花言葉:休息
ひととせ15日目:見つけた
title by "hakusei"
20130306