雑多短編 | ナノ

(菅谷とクラスメート/いじめ表現)





 痛い。ずきずきと痛む膝と、ぽたぽたと髪を伝い落ちる雫に涙が滲んだ。

 放課後、B組の女の子たちに呼び出された。とある事情でE組に落とされるまで、いつも一緒にいた友人たちだ。メールで久しぶりに会いたい、ときたのは今朝のこと。私がクラスを落とされてから疎遠になってしまっていた彼女たちに会いたいなんて言ってもらえて、本当に嬉しかった。E組の友人たちも大好きだけれど、それまでの友人も当然、今でも大事だったから。だから突然のお誘いに舞い上がった私は即返信をして、いつもよりも念入りに髪をとかしたり(新しいピンを出してみた)、ずっと放課後をそわそわしながら待ったり(渚くんに嬉しそうだねと言われた)、ホームルームが終わるなり鞄もそのままに教室を飛び出したり(殺せんせーがびっくりしていた)なんかしたのだ。

 ……でも、そう思っていたのはこちらだけだったらしく。

 足取り軽く待ち合わせ場所だった空き教室(E組の私と会っていることがばれるのは彼女たちにもよくないので、ということでこの場所になった)に予定より大分早く到着した私を待っていたのは、真上から降り注いだ冷たい水だった。教室の上にある小さな窓から、それは降ってきたらしい。
 あれ、今日ってどしゃ降りの雨だっけ、でもここ、室内だよね。
 重くなった制服に呆然としながらそんな見当違いのことを考える私に次いで浴びせられたのは、暴言の嵐だった。

 本当に来るだなんて思ってなかった。賭けは私の勝ちだね!てか、まだ友達だと思ってたんだ?何ソレ、E組のくせにずうずうしいよね。本当に迷惑だわ。エトセトラエトセトラ。

 それ以降はもう、脳みそが緊急停止してしまって殆ど彼女たちの言葉は覚えていない。ただただ暴言を一方的に受けた私は、彼女たちが満足して去ったあとも一人、その場を動けずにいた。心がきしきしと悲鳴をあげていた。それでも、ずっとこのままではいられない。いつの間にか俯いていた顔をあげると、時刻はもう最終下校時刻に近かった。ぼんやりと電波時計から目を背けて、離れにある教室へと向かった。
 私が歩いた道には、点々と跡が残っている。どうせ明日にはとっくに蒸発してあとかたもなくなっているだろう。その中に混じる塩分過多の雫も一緒に。

 死んでしまいたい。大袈裟かもしれないが、それでも確かに、私はそれに近い、あるいはまさにそんなことを考えていた。消えてしまいたい。今すぐ、こんな存在消えてしまえばいい。そんなことを考えていれば、気が付くと自分の教室の前に立っていた。
 早く鞄を取って帰ろう。着替える気も起きない私は、必要なものだけ手にして早々に下駄箱に迎おうとだけ決めた。自分ではどうしようもないのだ。E組に落とされてしまった時点でこうなることは安易に予測出来ただろうに、ほいほいと釣られて行った自分が悪い。空き教室からここに来るまでに、そんな気さえしていた。
 教室のドアに手をかけ横に引く。電気も消えた教室には、誰もいないようだった。私は足早に自分の席へ向かい、鞄を開けて中に教科書を詰め込んでいく。手まで濡れているせいで教科書が湿気に負けていたが、今はそんなことどうでも良かった。



「……あれ?誰かいんの?」



 突然、教室の前の方から声が聞こえた。姿は殆ど見えないが、この声は、クラスメートの菅谷だ。おーい、と呑気に声をかけてくるが、返事をする気にもなれずに口ごもる。

 すると、――パチン。
 教室の電気が、ついた。



「――っ、」

「――はぁ!?え、ちょ、瀬戸!?」



 蛍光灯の下、照らし出された私の無惨な姿に素っ頓狂な声をあげたのは、予想通り菅谷だった。慌てた菅谷が、こちらに駆け寄ってくる。しかし私の視線は、ただ一点に釘付けになっていた。



「――すご、い、」



 それは、大きな黒板いっぱいに描かれた、美しい宇宙。繊細なタッチでどこか抽象的に描かれた煌びやかな星が、衛星が、銀河が、私の虹彩を射止めて彩る。



「……なにこれ、すご、」

「とか言ってる場合か!お前の格好の方が凄いわ!」



 大慌ての菅谷が、一体何があったんだよ、としきりに訊ねながら動かない私の代わりに、チョークで真っ白になった手で鞄から取り出したタオルを使って私の頭を拭いてくれる。この手があの宇宙を描いたのか。菅谷にこんな特技があるなんて驚きだ。



「菅谷、すごいね、いやほんと、すごいよこれ」



 凄い凄いと子供の感想のようなことしか言えない私に、菅谷は困ったように笑った。何でも菅谷は昔からこういうデザインだとかアートだとかに造詣が深いらしい。今日は久しぶりに大きなカンバスに絵を描きたくなったため、皆が帰った教室に一人残ってせっせとチョークを動かしていたのだと、ジャージに着替えた私に(もちろん菅谷には一旦教室の外に出てもらった、)教えてくれた。



「でもホントの話、今日残ってて良かったわ」

「なんで?」



 ありがたく借りたタオルで髪を拭いている私の前の席に座り頬杖をつきながら、美しい宇宙を背に照れくさそうに、心配を滲ませながら菅谷が笑う。



「だってお前、オレがもしいなかったらびしょ濡れのまま独りぼっちで帰ってたろ。それってなんかさ、ちょっと寂しいじゃん」



 きらきら、蛍光灯に照らされた満天の星が菅谷の背で瞬く。じわり、私の視界が再び涙で滲んだ。菅谷の焦る気配がする。瞬きをするたび閉じるたびに、私の目からは苛立ちや悲しみや悔しさが宇宙の塵となってぽろりぽろりと零れ落ちる。
 ゆらゆら揺らぐ水面に、輝く星々。幾多も瞬くそれを創り上げたのは、



「あ、りがと、ありがと、菅谷ぁ……!」



 ありがとうありがとうと全てを創った手のひらを握りながら子供のようにわんわん泣く私に、菅谷はまた困ったように笑いながら「あーもー、」と私の首にかかっていたタオルでぐいぐいと涙を拭ってくれる。ありがとう大好き、大好きだよ、菅谷。分かったから分かったから、と笑う菅谷に、この感謝が全部伝わればいい。



教室




 あれから菅谷は、私の涙が落ちた上履きにペンを滑らせた。上出来!満足そうな声を上げた菅谷を見れば、私の飾り気のない上履きはグレードアップしていて、私たちは顔を見合わせてにやりと笑う。

 その翌日、「昨日はごめんね、アレ冗談!また仲良くしよう?」などと宣ってきた彼女たちに、にこりと笑う私の姿。



「謹んでお断りしまーす!」

「きゃあああ!?」

「ぎゃっはははは!ホントにやったよ!」



 前日と打って変わった態度で隠していた水鉄砲を無差別に繰り出す私に、悲鳴を上げる彼女たちと大爆笑する菅谷。ざまーみろ!と舌を出し笑う私の足には、満天の星が輝いていた。



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暗殺教室大好きです。

title by "にやり"

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