雑多短編 | ナノ

(ミナキさんと幼なじみとコイキング)



 年上の幼なじみに手を引かれて町の外へと足を踏み出した。私の手には彼が貸してくれた私にとっても昔馴染みであるゴーストの入ったモンスターボール。ああ、はやる心臓がばくばくと跳ねて仕方がない。少しだけ足も手も震えている。
 私の緊張を察しているらしいミナキはあははと笑いながら、私の手を握る力を少しだけ強くしてくれた。頑張れ、と言外に言われている気がして気合いが入る。
 はじめのいっぽ。
 恐る恐る草むらに足を踏み入れた。すぐそこには釣りも出来る水辺。ずっとずっと憧れていた。タイツごしに足に触れる草の感触に感動する。ほおぉ!と一人興奮していると、ミナキが私の手を握ったま「あ、」と声をあげた。



「すごいな雪奈、さっそく出くわすなんて」



 口角を上げたミナキは、ほら、と草むらの奥を指差した。茂る緑色からぴょこんと覗いた茶色の長い耳。
 あれは!



「オタチだ!」

「ばか、声が大きい!」



 思わず声をあげると、オタチはびくりと体を跳ねさせてからその長い耳を更にぴんと立たせる。どうやら警戒させてしまったらしい。オタチは耳が大きいから、聞こえる音にも敏感なのだろう。気をつけろと諭すミナキに大人しく頷くと、よしと頭をくしゃりと撫でられた。子供扱いだと思わないでもないが、それでも昔からお兄ちゃんのように慕っている彼にならされても不服ではない。むしろ嬉しかったりする。あまり口にはしないけれど、私はこの面倒見のよい幼なじみをたいそう慕っているのだ。
 今度こそ。何度もイメージトレーニングをしてきた通りに、彼から借りた大事なモンスターボールを構える。それから投げ……ようと、したのだが。



「ん?どうした?」



 動きをストップさせた私に気付いたミナキが首を傾げる。しかし私は彼に答える余裕はなかった。視界に捉えた先に映る赤に、その場を飛び出した。オタチが驚いて走り去る。あっ!とミナキが声をあげた。それでも私は走った。草をかき分けて、水辺のすぐ横に膝をつける。
 そこにはピジョンにでもやられたのか、ぼろぼろになってしまったコイキングが打ち上げられていた。



「だ、大丈夫!?」



 血相を変えてぐったりとした赤い体に手のひらを乗せる。閉じていた彼の目が半分開いて、こちらを捉えた。抵抗のためにびちびちとヒレを動かすが、体力がないために水の中へ戻ることすら出来ない。
 私は慌てて鞄からいいきずぐすりを取り出した。一つしか持ってないけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。むしろ一応念のために、と奮発して買っておいた自分を褒めてあげたい。
 いいきずぐすりを吹きかけてややすると、コイキングはどうやら調子を取り戻したらしい。思ったよりも傷は深くなかったようだ。いつの間にか隣に来ていたミナキを見上げると、「よくやったな」とまた頭をくしゃりと撫でられた。
 びちびちと元気になったコイキングにひと安心して、その赤い鱗の光る体を水辺に戻してあげた。ぴちゃん、と跳ねたコイキングに笑みが浮かぶ。



「もう怪我しちゃだめだよ」



 金色の王冠を撫でると、コイキングは何かを訴えるようにばしゃばしゃとヒレを動かして口をぱくぱくとさせた。どうしたんだろう。首を傾げていると、ミナキが何か思い当たったらしい。私の鞄をがさがさと漁って、取り出した何かを私の手に乗せる。



「……モンスターボール?」



 手のひらに乗った、空のモンスターボール。私は二つの赤を交互に見る。するとコイキングがにこりと笑って、こちらへ飛び込んできた。彼のヒレがボールに当たって、光が包む。それからボールは私の手のひらの上でゆらゆらと揺れて――ぽん、という音をたてて動きを止めた。
 状況が理解出来ずに、ミナキを見る。するとミナキは嬉しそうに、に、と歯を見せて笑う。



「やったな、雪奈!」

「……わ、私の、私のポケモン!!」



 ようやく理解した私は、感極まって手のひらのそれを抱きしめた。私の、私だけのポケモンだ!
 嬉しさから頬に熱が集まるのが分かる。私はいてもたってもいられなくて、ミナキに飛びついた。ミナキは「おっと、」と言いながらも軽々と私の体を受け止めてくれる。それからグローブをはめた手が、私の背をぽんぽんと叩く。



「オレの助けなんかいらなかったな。流石オレの幼なじみだぜ」

「んーん、ミナキのおかげだよ!だって私ミナキのおかげでポケモンのこと大好きになって、トレーナーになりたいと思ったんだもん!」



 ゴーストもありがと!とお礼を言ってからミナキの手に彼が入ったモンスターボールを返す。ミナキは私の言葉に丸くさせた目をゆるりと細めて、私をぎゅうぎゅうと抱き返した。まるで私が幼かった頃のようだ。
 しばらくその温もりを堪能してから、ミナキの服を握ったままモンスターボールを高く投げた。光を纏って現れた赤い体に、手を伸ばす。



「これからよろしくね、コイキング!」



 ぴっ、と右のヒレをあげてまかせろと笑うコイキングに、私もミナキも顔を見合わせて頬を緩ませた。



はじめまして、相棒さん!




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ひととせ16日目:ご挨拶
title by "hakusei"

20130327

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