雑多短編 | ナノ

(会社員と甘い臨也さん)




 合い鍵を使って中に入り、コンビニで買ってきたものを袋のままそこらのテーブルに適当に置く。どうやらまだ部屋の主は帰宅していないらしい。今日は池袋へ行く用があると言っていたから、あながち天敵であるかのバーテン服の男と追いかけっこでもしているのだろう。帰宅まではまだかかりそうだ。
 しかし今日はどっと疲れた。臨也とは違いまともに真っ当な仕事に就いているおれは、言わば社畜というものだ。社会の歯車だ。こういう時ばかりは、自由な彼の職業を多少羨ましく思う。あくまで多少であって決してこの後ろ暗い職業を生業にしたいとは思わないのだが。

 疲労でおぼつかない足は、自然と休息の場を求める。気がついた時には、いつものリビングではなく彼の寝室へと足が向かっていた。スーツが皺になるとは分かっていても脱ぐ気力もなく、柔らかな羽毛ふとんが誘うベッドへと倒れ込む。



(……あったけー……)



 今日干してから出かけたのだろうか、布団からは懐かしいようなあたたかい匂いがした。お日さまの匂いだ。臨也にこんなことを言ったら「これは布団の中のダニやハウスダストが云々」とまったくありがたくないうんちくを披露してくるのだろうが、誰がなんと言おうとこれはお日さまの匂いだ。少なくとも、おれの中では。
 もぞもぞと布団に潜り込んで、靴下を足で適当に脱ぐ。晒された素足が真新しいシーツを滑って気持ちがいい。柔らかな枕に顔を埋めると、布団と同じ匂いの中に臨也のものを見つけてしまって一人忍び笑う。流石臨也、いい枕使ってやがる。
 枕に頭をぐりぐりと押し付けながらあー……、と情けない声を出していると、ガチャという軽い音とともに突然光が部屋に差し込んだ。頭を僅かに動かして視線だけそちらに向けると、そこにはリビングからの電気を背に腕を組んで立っている黒ずくめの男。
 あれ、帰ってくんの早いじゃん。予想より早い帰宅に驚きながらも「おかえり、」とくぐもった声で告げると、臨也はあからさまな溜め息を吐いてこちらに寄ってきた。



「まったく、せっかく朝干してから出たっていうのに台無しじゃないか」

「ごめんて……」



 腑抜けた謝罪をしながら彼に片手を伸ばすと、臨也はぶつぶつと文句を言いながらもその手を取る。空いた手で布団をめくり、そのままぐいとベッドへと引きずり込む。行動は予想されていたのか、細い体は簡単に布団の中へ入ってきた。
 黒ずくめと白いベッドのコントラストに満足したおれは彼の肋骨へ額を当てる。そう身長の変わらない彼にこんなことが出来るのも、横になっているからだ。
 すき。
 自然と浮かんだ言葉をそのまま口に出すと、邪魔な上着を脱いでいる途中だった臨也の動きがぴたりと停止する。それから自分の上着をぽいとそこら辺に投げてから、おれのスーツを脱がしにかかった。堅苦しいジャケットもネクタイもベルトも全て外される。その手がスラックスにかかった辺りでようやく彼を見上げて「今日はそんな気分じゃねえんだけど」とぼやくと、「オレはそんな気分なんだけど」と何とも自己中な返答が飛んできた。



「でも仕方ないから今日はやめといてあげよう」

「おー……助かるわ」

「言っとくけど貸しだからね」

「はーい」



 子供のような返事をすると、臨也は呆れたように笑って先ほどの上着のようにそこら辺にスラックスを放り投げた。
 あー、体軽。
 邪魔なものが取り除かれた体に満足し抱き枕にするように足を絡めると、臨也の手がするりと首筋を掠めた。



「ねぇ、いい加減うちに就職しなって」



 この誘いももう何回目だろう。肋骨から顔を上げて臨也の顔を覗き見ると、彼はよく分からない表情を浮かべていた。臨也はおれに何を望んでいるんだろう。疲労した頭ではよく分からない。それでもそのまま無視はしておけなくて彼の指に自分のそれを絡めると、臨也はそれだけで困ったように笑う。



「ほんと、和希はバカだね」



 誰が馬鹿だ。
 口にすることすら億劫で絡めた足をもぞりと動かすと、くすぐったそうにした臨也に絡めとられる。指も足も絡まってろくに回らない頭も相まって、何だかもう臨也とひとつになってしまったかのような錯覚を抱く。
 このままもう、寝てしまおう。
 重い瞼を閉じると、臨也の匂いが鼻孔をかすめた。……ああ、落ち、着く。



「すきだ、いざや、すき」

「はいはい、……お疲れさま」



 普段こんなこと言わないのだから素直に受け取っておけばいいのに、笑み混じりに呆れたような声を出しはぐらかす臨也の薄い唇が降ってくる。少しくすぐったいけれど、嫌じゃない。
 臨也もいろいろお疲れさま。
 ぼんやりとした口調でどうにか口にすれば、また「和希はバカだね」と言われてしまったが、言葉とは裏腹にその表情はあどけなく柔らかい。つられるように、笑みが零れる。
 明日は日曜日。スーツをどうにかするのも腹ごしらえも風呂も朝起きたらでいいだろう。今はただ、この幸せを甘んじていたい。
 臨也の瞳もとろけてきている。こいつも大概疲れていたのだろう。



「……ねぇ、和希、すきだよ」



 睡魔に誘われ掠れた声が鼓膜を揺らす。知ってる。呟くように返すと、臨也はまた困ったように笑ってついに瞼を閉じた。
 臨也の声、手のひら、足、熱、匂い。黒い彼に支配されるような心地、でもやはり、嫌じゃなかった。むしろお日さまの匂いよりもずっとずっと。



「……おやすみ。」



エデンすら淘汰




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title by "夜に融け出すキリン町"

20130320

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