雑多短編 | ナノ

(マリーと使用人)




 いたいですと声をあげると、お嬢さまは怖い顔をして「ばかおっしゃい、」と包帯の巻かれた私の腕をぺしりと平手で叩いた。本当に痛いです、お嬢さま。



「むしろ、これで痛くなかったら全力で頬をつねってるわ」

「お嬢さまってサドっぽいですよね」

「お黙りなさい!」



 またぺしり、すみません割と痛いです。ずきずきと痛む傷を毎回丁寧に手当てしてくださるマリーお嬢さまとは年も近いため、昔から仲良くしていただいている。キムラスカ生まれの上に年少者のため、屋敷内での私への風当たりは割に強い。けれどこんな風にお嬢さまや、ガイ坊ちゃまと触れ合っているといつも、段々とそんなことどうでもよくなってしまうのだ。



「にしてもお嬢さま、少し大げさすぎやしませんか?」

「いいえ、ちっとも。全然よ」

「全否定ですか」



 お嬢さまの心配性は、筋金入りだ。口では悪態混じりにとやかく言ってくるが、いつもどんな怪我をしたって包帯片手に走ってきてくださる。そして患部はいつも今のように、問答無用でぐるぐる巻きだ。以前額から流血した際なんかはまさに顔面蒼白、そのまま倒れてしまうんじゃないかとこちらが心配してしまう程だった。だからお嬢さまにあまり心配をかけないように、怪我をしてもできるだけ隠すようにしているのだが、どうしてだかマリーお嬢さまには目ざとく気付かれてしまう。ということもあり、私はお嬢さまには頭が上がらないのだ。



「骨に異常がないのだけが何よりだわ」

「ですねえ。まあ、体が丈夫だってことくらいしか取柄がありませんから」

「あなたは良く働いているわ。他のメイドに見習わせたいくらい。私が保証します」

「お嬢さま、デレ期ですね」

「黙らっしゃい!」



 わあ、鬼モード。
 なんて軽口を叩いていると、あの気丈なお嬢さまが突然くしゃりと顔を歪めた。私はあまりにもびっくりして、柄にもなくあたふたとしてしまう。昔から、お嬢さまや坊ちゃまの泣き顔は心臓がきゅっとなるから苦手なのだ。



「おっ、お嬢さま……?」

「あなたは、本当にバカね……」



 弱々しいお嬢さまに、私は戸惑いを隠しきれない。私は、あなたにそんな顔をさせたい訳ではないのに。
 狼狽える私は、とっさに彼女の白い手を取る。



「お嬢さま、私はお嬢さまと坊ちゃまが大好きです。大好きなんですよ。ですから、これくらいのことは本当に、どうってことないんです」

「私だって大好きです!大好き、なのよ……」

「うう、泣かないでくださいよお……。私も泣いちゃうじゃないですか」

「いいからもう泣いてしまいなさい!」

「そ、そんなあ!」



 理不尽なお嬢さまに慌てていると、お嬢さまははぁ、と息を吐いた。もう泣いてないかな。心配になって彼女のお顔を下から覗き込むと、マリーお嬢さまはぺし、と私の額を叩いて「情けない顔、」と泣きながら笑う。
 大好きだから、大丈夫。大好きだから心配。お互いに大好きだから。結局私たちは昔から、たったそれだけでできている。
 服の袖口で彼女の頬を伝う「泣かないでください、」ともう一度言うとお嬢さまがいつものように顔をしかめて「泣いてません!」とおっしゃったので、私はついに笑ってしまった。



「お嬢さま、次は怪我したらすぐに言いますね」

「そうしなさい。……さて、ガイも連れて稽古にでも行こうかしら。雪奈、付き合ってくれますね?」

「はい、もちろんです、マリーお嬢さま!」



大人の子どもらしい事情




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title by "d.side"

20130130

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