雑多短編 | ナノ
(鉢屋と彼女)
ひらひらのスカート、ふわふわの髪の毛、トレンドの服を合わせてにっこり笑顔。特技は料理、和洋中おまかせあれ。
そんな私を見て、鉢屋はぼっと頬を染める。いつもバカにして悪かったな、なんてぼそっと言いながら、ネイルが塗ってある私の手を取ってはにかむのだ。
……なんてことを、夢見てみたのだけど。
「……はぁ」
「……ごめんってばあ」
私の手を取る鉢屋は、傷だらけの私の指先に丁寧に絆創膏を貼ってくれる。しかしその顔ははにかみや照れとは程遠く、眉間に皺まで寄っていた。そんな鉢屋に謝りながら、私はぶすくれる。
そう、私の計画ではバイトで疲れている鉢屋のために鉢屋が好きなものを作ってあげて、少しは見直してもらうはずだったのだ。しかしやはり現実はなかなかうまくはいかないものだ。
ジャージにエプロン姿の私の手には、包丁でついた細かな傷。そういえば、家庭科の成績3だったなあ、10段階評価で、とまるで人事のように考える。
「……ホントは、こんな風になるハズじゃなかったんだけどなあ」
口からぽつりと漏れたのは、泣き言。それを皮切りに、私の目からはぽたりぽたりと雫が落ちる。
本当はただ、鉢屋にもっと好かれてみたくて、本当にただ、バイト帰りの鉢屋に喜んでもらいたくて。
ついにはぐすぐすと泣きじゃくってしまった私に、鉢屋は再びはぁ、と息を吐いた。今度は、笑い混じりに。
「……あのなあ、私は別にお前がひらひらの服を着てなくたって、ふわふわの髪してなくたって、だっさいジャージ着てたって、料理が出来なくても今更構いやしない」
「な、なんでそれを……!?」
「八左ヱ門が言ってたぞ。お前がこんなこと気にしてるなんてな」
バカ、と鉢屋の細い指が私の鼻を摘む。思わずふぎゅ、と情けない声をあげた私に、鉢屋があははと笑い声をあげる。
涙でまだ揺れる視界で彼を捉えると、鉢屋の頬は赤かった。何で、私まだ全然、理想の女の子、ってやつじゃないのに。
鉢屋は魅力的で、器量もよくて。だから鉢屋を狙ってる子なんて腐るほどいて。うかうかしてたらもっと鉢屋に釣り合うような女の子にとられちゃうから、だから。
不安だったの。
ただそれだけが喉に詰まって言えなくて、でも鉢屋は全てお見通しだとばかりに笑うだけだ。
「私は別に、リソーのオンナノコってやつと付き合いたくてお前と一緒にいる訳じゃない」
「……う、ん」
「それに、私がひねくれ者だってことくらい、お前はとうに知っているだろう?」
にんまり。今度は悪戯っ子みたいに笑う鉢屋につられて、私もへらりと笑う。うん、知ってる、知ってるよ。
ようやく笑顔をつくることができた私に、鉢屋が言った。
「雪奈は分かってないようだがな。お前はこんな時にジャージだし料理もできないが、ただお前の言う"にっこり笑顔"ってヤツは昔から満点じゃないか。……だから、なあ。ケガなんてしないで、ただ笑っておくれ。それだけで、いいんだ」
耳まで赤くした鉢屋の表情は、私が夢見たもので。ああ、なんだ。こんな私でも、鉢屋のこの表情を見ることは許されるのか。
そう思ったらなんだかおかしくなってきてしまって、私は先ほどの私のようにぶすくれる鉢屋に飛びついたのだった。
例えばの話
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ひととせ12日目:例えばの話
title by "hakusei"
20130122