雑多短編 | ナノ

(ギャリーと同居人の美大生)





 いつものように起きて学校から課された課題をこなし、いつものように寝る。俺のここ最近の一日は、主にこれで回っている。別の学校に通う同居人の方も大して変わらないようで、ぐるぐると回る代わり映えもしない毎日にとくに文句も言わずに黙々と課題をこなす様は見慣れたものだ。淡々とした毎日。これは俺たちが落第したりもしくは卒業したりするまでは変わらない筈だった。

 そんな毎日にこんなに唐突に変化が訪れるなんて、誰が想像しただろうか。

 ガチャ、と鳴る鍵を回す音に、俺は筆を洗う手を止めた。どうやら同居人様のお帰りらしい。思ったよりも早い。今日の晩飯はあいつの担当だ。献立はなんだろう。
 冷蔵庫の中には何もなかったから、何か買い物をしてきた筈だ。買い物はその日の献立担当がするというのは、俺たちの暗黙のルールのようなものだった。少なくとも、俺が今朝頼んだ焼きプリンは買ってきただろう。そう思って、甘い物を欲する口に従うまま水を止めて、タオルで手を拭きながら玄関へ向かう。



「おー。焼きプリンあった?」

「……和希」



 下を向いたままわなわなと震える同居人の手には、何も握られていなかった。は?俺のプリンは?
 そう問いかけようとした俺は、同居人からの突然のタックルによってそれを阻まれてしまった。



「ぐふっ!?」

「ア、アタシ帰ってきたのよね!ああ、日常って大切なのね!あとただいま和希!いつもありがとう!」

「は!?何?つうか俺の焼きプリンは!?」

「一緒に買い物行きましょ!」

「てめええええ!!」



 身長だけでかいひょろっちい体は、それでも油断していた俺にはなかなかの負担だった。どうにか耐えていた足はとうとうもつれ、玄関先の廊下に尻餅をつく。それでも、何やら様子のおかしい同居人――ギャリーは、離れる様子を見せない。その頑なな様子に俺は怒る気も失せてしまい、小さく溜め息をついてから、見た目からは想像できない力で締め付けてくる彼の頭に手を乗せてやる。



「おかえり、ギャリー」

「……うん、ただいま、和希」



 噛み締めるように口にするギャリーの声に、俺は今更、最近自分たちはこんな挨拶も殆どしていないことに気がついた。どれだけ自分のことで精一杯で余裕がなかったかが分かる。情けない、全く、倦怠期の夫婦かっつの。こんな状態で、良い絵が描ける筈がないのだ。
 俺はガシガシと頭を掻いて、相変わらずしがみついたままの同居人の頭をペシンと叩いた。瞬間奴の頭はばっと上がり、「な、痛いじゃない!」と抗議の声があがる。



「知らんわ。ほら重いから立てよ」

「重……!?……ホント、アンタにはデリカシーってもんがないわねぇ」

「生憎男相手にデリカシーなんぞ持ち合わせてないからな。ほれ、いいからどけ」



 べしべしと頭を叩いてやると、ギャリーは相変わらずぎゃいぎゃいと文句を言いながらも腕をほどいて立ち上がる。俺も軽くなった体に息をついてから続いて立ち上がり、上着と財布を取りにリビングへと戻る。



「……焼きプリン、買いに行くぞ」

「まったく、素直じゃないんだから」

「うっさい」

「ふふ。あ、アタシ今日は本当に疲れて何もしたくないから、晩御飯は瀬戸が作ってね」

「てめえええええ!」



 叫びながら振り返ると、ギャリーはおかしそうに腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。その様子に怒りが更に湧くが、どうやら先程の台詞通りその顔には隠しきれない疲れが滲んでいたのでもう一度罵声を浴びせるのは勘弁してやった。乱雑に財布と上着を掴んで玄関に戻る。



「……後で教えろよ」

「絶対信じないわよ」

「いいから教えろっつの。まあまずは腹ごしらえだ。何がいい?今日は特別に何でも作ってやるよ」

「あら本当?ならアタシ、ビーフストロガノフが……」

「もっと手軽なのにしろバカ」

「えー?じゃあリゾットがいいわ。まあ瀬戸に任せたら何でも美味しいんでしょうけど」

「ハードル上げてんじゃねえよ」



 まあ、リゾットならいいか。
 頭の中に必要な材料を思い浮かべながら、玄関に置いてある買い物袋を掴んで外に出る。後ろをついてくるギャリーに鍵を渡してかけさせる。その間に、ついでにケーキでも買ってやるかなんて甘いことを考える自分に一笑する。鍵をかけ振り向いたギャリーはそんな俺に気付いて首を傾げるが、せっかくだからと理由は言わないで鍵を受けとってスーパーへと向かう。内緒にして、驚く様を見てやろう。こいつはらしくないと笑うだろうか。
 まあ、今日は特別だ。理由は分からないけれど、このひょろ長くてオネエ口調な変わり者の同居人が今この場にいる事が特別な気がするから。本当に理由なんか、分からないのだけど。



「思い出し笑いはエロい証拠らしいわよ」

「しばくぞ」



 ……やっぱりやめようかな、ケーキ。



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title by "夜に融け出すキリン町"

20130122

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