雑多短編 | ナノ
(狗神使いと金造/攻め主寄り)
明蛇では知らないものなどいないくらい有名な、志摩家と宝生家の仲の悪さ。親であり明蛇の僧正を担っている八百造や蟒はそうでないにしろ、子世代たちの諍いは日々絶えない。もちろん志摩金造も例外ではなく(むしろ筆頭であるくらいに)、しょっちゅう宝生家につっかかっていた。
しかし金造には、宝生家以外に争っている人物がいた。それが今金造と睨み合っている、金造に犬男と揶揄られる長身の男――和希であった。和希は、代々『狗神』を使役する家系である。それだけなら、一切諍う原因にはならない。何よりもの原因は、和希が重度のフェミニストであることが関係していた。
「金造おまえ、また俺の青と錦にキリク投げよったな!?」
「ア゛ァ!?向こうからつっかかってきたんやぞ!」
「関係あるかァ!女に武器投げることが間違っとるやろが!」
「せやせや!」
「和希いてこましたれ!」
「任せときい!!」
柳眉を吊り上げつかみかかる和希に、金造も負けずに応戦する。和希の後ろでは、錦と青がひょっこりと顔を出し自分たちを擁護する彼を応援していた。
金造は盛大に舌打ちをして、憎々しげにこちらを見つめる和希を眉間に皺をくっきりと寄せながら見つめる。何でいつもいつも、宝生家の味方ばかりするのか。正直な話、金造は和希のことを嫌っている訳ではない。ただどうしても一方的にこちらを責められてしまうと、反射的につかみかかってしまうのだ。
――もしも俺が女やったら。
そんなことをふと考えて、自嘲する。だめだ、あまりに不毛すぎる。
金造が浮かんだ考えをかき消している中、未だに金造の襟刳りを掴んだままの和希は眉をひそめながら首を傾げた。そしておもむろに手を離し、様子のおかしい金造の顔を覗き込む。
「なんやお前、腹の調子でも悪いんか」
「……そんなんやないわ」
「嘘こけ。……ああもうしゃあないなあ。錦と青はそろそろ仕事に戻らんと蟒さんに叱られてまうで」
金造が調子が悪いと聞きつられて眉をしかめる二人に声をかけると、彼女たちはこくんと素直に頷いて仕事に戻っていった。その背中を微笑ましげに見つめてから、和希はやれやれと言った風に金造を再び覗き込む。父である八百造譲りの顔立ちは、長めの金髪が隠してしまったせいで見えない。
和希はふむ、と思案して――ゆるりと表情を緩ませて、金造の頭に手を乗せた。まるで錦や青にするように優しく、ただ優しく、ぽんぽんと。
途端に目を丸くさせて顔を上げる金造に、したり顔。金造はそんな和希にカッと顔を赤くして、わなわなと震え出す。
「この甘えため。相変わらずとっことん弟体質やなあ」
「なっ……!が、ガキ扱いしなや!」
「はいはい」
噛みつく金造を適当にかわしながら、再びぽんぽんと頭を撫でる。まんざらじゃないくせに。ついさっきまで取っ組み合いの喧嘩をしていたとは思えない空気に一人笑いながら、和希は金造に声をかける。
「今日仕事ん後、飲みいかんか?」
「……ええよ」
「そら良かった」
金造が仏頂面のまま頷くと、和希は待ち合わせを指定してにかり、と笑う。――和希はほんま、ずっこいわ。拗ねたようにそう呟く子供のような心を押さえつけながら、金造はほな、と背を向ける。
そんな金造の心情など知らず、和希はただただ首を傾げ。
「無駄に怪我するんやないで」
まるで子供に言い聞かせるような言葉を吐きながら、笑い混じりにひらひらと手を振る。それがまるで、自分が甘やかされているようで、普段の仲なんてなかったかのようで。
「……和希のドアホ」
小さく呟きながら大股で歩く金造の口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
犬 猿
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ひととせ13日目:犬猿
title by "hakusei"
20130123