「本命ってのはね、結構大事な意味なのよ」
「四季先輩?何言っとるんですか?」
「サラサにも言ったんだけど本命ってさ、命って漢字使ってるでしょ?文字通り、一生物なんだよそういうのって。……だからね、幸野くん」
私は本命にしたらダメだよ。
そう言ったあの人は、とても悲しそうな顔をしとった。
もう俺が手遅れやって、知ってたんや。
それでも、俺に‘自分みたい’に悲しい思いしてほしゅうなくて、あえて言ってくれた。
…四季先輩、あんたの息子もあんたの親友のサラサさんの息子も、あんたらのことはなんも知らん。俺も言うつもりはあらへん。だけど。
あんたらの大切な子供を、見守る権利くらいは、もらえんやろか…?
ーーーー…………
むしゃくしゃする。もやもやする。いらいらする。
これも全部松川のせいだ!
せっかく待ってたのに、いや、待ってるって口には出さなかったけど補習じゃないのに教室にいたらわかると思う。つーか解れあのアホ毛。
「宮崎」
「へ?」
人気の無くなった教室でむすっとしながらなんとなくグラウンドを眺めていたら、聞き慣れない声が耳に届いた。
「あ」
思わずぽつりと声を出してしまった。そこにはいたのは昼間に幸野先生もしくは俺をガン見していた奴だった。
クラス替えをしたばかりだし、元からクラスから畏怖の念を向けられてる俺はこいつと話した事は無い。……というか。
…名前が、わかんねぇ…!
「俺は、山雪 千緒(ヤマユキ チオ)」
「あ、わり…」
「気にしてないから大丈夫だよ。」
気まずげに謝ろうとすれば、山雪はやんわりとした雰囲気でそれを遮った。穏やかで、だけど明るい雰囲気は久しぶりの普通な感じで、ちょっと感動するのを必死で堪えながら口を開いた。
「山雪は、帰り?」
「ううん、宮崎に用があったんだよ」
「……俺に?」
きょとんとしながら聞けば、山雪はにーっこりと笑った。平凡そうな顔つきがその笑顔をしたとたんに、どこか妖艶なものに変わる。
「…っ?!」
ぞくりと悪寒を感じて後ずさろうとした瞬間、腕を引っ張られ引きずり倒された。そんなスキを見逃さず、山雪はずしりと仰向けの俺に馬乗りになる。
「スキだらけってやつだね」
「や、山雪…!?」
……まさか、これはヤられ―……
「俺さあ、根っからのゲイなんだよねぇ。因みにリバなんだけど」
………………はい?
「だけど変な趣味ていうかツボがあってさあ、ネコなんだけどシてる相手の屈辱に歪む表情にたまんなく興奮するんだよ」
「え、は、へ?」
「―だから、ずっと良いなって‘あのひと’と宮崎を見ててさあ。見てたら宮崎最近松川のお手つきになったでしょ?こっちに来たならチャンスだと思って」
いやいや待て待てちょっと待て!!
俺に跨る山雪の目は熱っぽくて、明らかにアレだ。本気の目だ!
「正直不良の諍いなんでどうでもいいんだよ、宮崎をヤっちゃえば松川が傷つくからって頼まれたんだけど…ぶっちゃけ俺の目的は違うし」
…おい。こいつは今なんて言った?!
「おい、山雪―――!」
「というかヤっちゃうよりやらせるなんだけど」
「へ?」
「言ったろう屈辱に歪む顔が好きって。そっち系統の奴等の最高の屈辱は玩具でも羞恥プレイでも無くて――――リバでも無いのに‘立ち位置を変えられる’こと」
さあっと全身青ざめて、冷や汗がたらりとこめかみを伝い落ちる感覚がする。嫌な予感が頭いっぱいに広がり、動けない俺の両腕をネクタイで拘束しながら雪山は笑った。
「特別に、宮崎にいれさせてあげる」
―――――ヤバい!!!!
「ちょ、やめろっ」
「なんで?だって後ろは開発済みでつまんないしさあ…大丈夫だって、俺が勝手に動くから宮崎は黙って感じて泣いてればいいよ?
……ああっ、ゾクゾクしてきたなぁ、受けの宮崎に攻めに変えるんだよ俺…!」
助けて下さい。
変態がいます。
ガチで助けて下さい。日本語おかしいかもしれないけど気にしていられるか!
「よーし、じゃあ慣らすからちょっと待ってね」
「お前が待てーーーっ!!」
平凡と純情は違う。平凡というのは汚い…というか下品な部分も含めて平凡だ。だから、今俺が雪山に何をされそうになっているかはしっかり理解出来る。ヤバい。これはヤバい。
どんなに足を動かしても大声を出しても、ほとんどの生徒が帰ってしまった校舎にはなんの変化も無い。
そんな俺に微笑みながら自分のベルトに手をかけた山雪に、一瞬血の気が引いた。
「嫌だっ!やめろ山雪!!俺はっ」
「そんなに松川がイイんだ?俺はあんまり好きじゃないんだけどねぇ、あいつ」
「っ!」
キッと睨みつけても山雪はちっとも動じない。それどころが更に嬉しそうに目を細めた。楽しんでるみたいに。
「好きじゃないっていうか、嫌い。あのヘラヘラした笑いも、不良のくせに脆い雰囲気も、被害者ぶってて吐き気がする。同じ脆さでも宮崎とは雲泥の差だよ」
かっと、頭に血が登った。
―――ふざけんな。
「ざけんなボケ!」
「え」
「てめぇに松川の何がわかんだよ!知ったかぶんなっ!ろくに話した事も無いだろ?!」
自分でもよくわからないが苛ついて仕方が無い。
松川を知ったように侮辱する山雪が憎たらしい。自分でも戸惑うくらいの激情に身を任せて、また怒鳴ろうとした時。
「ああ、やっぱりイイね宮崎」
「――んっ!?」
口が、塞がれた。
「…………おまっ」
「やっぱりイイなあ、あの人よりイイかも」
キスしやがった…!
まずいぞ。知られたら俺が松川にヤられる前に松川が死んじまう。絶対泣くぞあいつ。
「やっぱり、宮崎欲しいなあ」
「―――!?」
山雪が、再び俺に顔を寄せた瞬間。
「そこまでです」
「うわっ?!」
「っ」
ガッという音と共に、山雪が吹っ飛んだ。
そのまま派手な音を立てて机と共に倒れていく。
―――放心していた俺の手をとって立ち上がらせてくれたのは、松川でも薫でも無かった。
「…あ」
「大丈夫ですか?」
短髪で赤いメッシュが入った、背の高い強面の子だった。見た目が無茶苦茶恐いのに、何故か敬語なのでそのおかげで緊張が少し和らぐ。
「だ、誰…?」
「今年から入った一年の桐生です。松川先輩のチームのメンバーで宮崎先輩の護衛を頼まれてたんですが…すみません、足止めを食らって遅くなりました」
「ちょ、そうだ!護衛って一体―――」
「痛い痛い、どんだけ松川信者なのさ桐生くん」
がらんっと机やら椅子やらが転がり倒れていく。ゆっくりと立ち上がった山雪はボロボロなのに満面の笑みで、思わず怖くなって一歩下がってしまうとぽんと桐生くんとやらが背中を叩いてくれた。
「……まだ動けましたか」
「あはは、松川と違って打たれ強いから、俺」
「…………お前、なんでそこまで松川嫌うんだよ?」
ここに来てまで、山雪は松川を馬鹿にするのがいまいち理解出来ない。
なんでそこまで嫌うんだろう?確かにあいつは恨みを買うような立場だけど、見た目平凡な山雪との接点は見当たらない。不良に頼まれたと言う辺り、不良とも深い繋がりはないんだろうし…。
「気に食わないんだよ」
黙って答えを待っていた俺と桐生君に、山雪は微笑んだまま、吐き捨てるように言った。
――その声音に含まれてるのは隠しようの無いほどの、憎悪と嫌悪。
「俺の気に入ったものに必ず松川は関わってる。
話した事なんか無いけど…いや、無関係だからこそ、俺は松川が嫌いだし気に食わない。
宮崎が最近幸せそうだし、あの人は相変わらず宮崎と松川ばかり気にかけてるし」
―――あの人?
「宮崎は俺が元から気に入ってるからいいけど、松川は嫌だ。まあ、どちらにしろ宮崎を気に入った今じゃ松川は邪魔なんだ……………よっ!」
「下がって!!
「桐生君!?」
がたん、と再び音が鳴る。
桐生君が俺を背に庇うように立つのと山雪が椅子を掴んでぶん投げたのはほぼ同時。ヤバい!
「待っ…」
「何しとんじゃこのアホンダラ共!!」
思わず前に出ようとした途端、誰かが、怒鳴った。
そして、俺達に向かって来た椅子はその声の主に当たり、再び床に転がる。椅子に当たりながらも仁王立ちで俺達を睨みつけたのは――――幸野先生だった。
「さ、幸野先生!?大丈夫ですかっ」
真っ青になりながら桐生君と駆け寄るが、幸野先生はピンピンしていた。苦笑を浮かべてまるで埃を被ったみたいに服をポンポン叩く姿に、場違いだけどいつも不良を指導している者の威厳を感じる。
「なんともあらへん、それよりなんの騒ぎや?
山雪も、椅子投げて一体―――」
突然だった。
眉を寄せた幸野先生が振り返った瞬間山雪が走り出し、その首に手を回す。そしてそのまま、勢い良く、舌ごと。
ぶちゅうううううっ
と、音を立てて、幸野先生に唇を重ねたのだ。
「でぇぇっ?!」
「おお、俺初めて見ます生べろちゅー」
「桐生君、冷静すぎ!」
…一体何がどうなってんだよ!
《続く》
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