『大切なひとを探しなさい。
みつからなかったら、気になる人をそれに当てはめてみればいいわ。
大切なひとがいるのといないのとじゃ、世界の見え方がまるで違うのよ?』



初恋は実らないものと、人は言う。

――――――――

ーー松川と"お付き合い"を始めて数ヶ月。無事に松川と共に進級し二年生になれた、春のある日。非凡になってしまった俺の日常にまたもトラブルが舞い込んで来た。




ーー…………


「犬吾のお母さんってさ、若いよね」
「は?」

個人的に苦手な古典の授業中。うたた寝をしようと目を閉じたら、ふいに隣の席の松川に頬をつつかれた。……というか、何故今その話題なんだ。

「ま、うちの母さんも若いうちに俺産んだけどね」
「…あ、フランス人の?」
「そ。日本語はぺらっぺらだったけど変なとこで日本知らずだったなあ」

…確か松川のお母さんは、松川が小6の時に亡くなったんだよな。写真は持って無いらしいから顔は見たことは無いけど、なんとなく松川には母親似のイメージがある。

「犬吾のお母さんは?」
「うちは正直わかんないんだよな……若い時の話を聞いても未だに詳しくは教えてくんないから」

特に、友達の話を聞くと母さんは決まって悲しそうな顔をする。昔兄貴と友人が亡くなったりしてるのかなと真剣に話し合ったことがあるくらい、うちの父さんと母さんの青春時代は謎に包まれているんだ。

「……ねえ、犬吾。犬吾のお母さんの名前ってもしかして―――」


「コラ、さっきから何話しとんのや松川、宮崎」

こつーん、とチョークが松川の脳天に直撃した。


「あ、すみません」
「うわ―、さっちゃん先生サイテー」
「誰がさっちゃんや!」

右側は短く、左側は長いという教師にあるまじきアシンメトリーな髪型をした眼鏡の美形さんが仁王立ちで俺達を見下ろしていた。
――幸野 風弥(サチノ カザヤ)、古典担当の俺達の担任であの髪型なのに何故か風紀委員顧問。そして関西弁だかなんだかよくわからない方言ごちゃ混ぜな喋り方が特徴的で、結構周りの生徒から人気を博している。
しかし、何故か不良への取り締まりは厳しくて、松川や薫は目の敵にされてたりするんだよな。


「知ってますか―?今の時代生徒にそんなことすると教員免許剥奪されちゃうんですよぉ」
「ねじ曲げた事実は言わんでええからちゃんと授業聞かんかいアホ!」

「犬吾も大変だなー…」

……というか松川よ、なんで脳天にチョーク食らってヘラヘラ笑ってられるんだお前は。…つーか。

「薫……いつの間に」
「ん?さっきからいたぜ?」
お互い仁王立ちでにらみ合ってぎゃあぎゃあ騒ぐ幸野先生と松川についていけず頭を抱えている俺の頭に顎を乗せている薫。
…なんかこうでは松川より薫の方が恋人くさいな。
ため息を吐いて辺りを見回せば周りの生徒は冷や汗を流しながらこちらを見ている。そりゃあ、松川に薫に幸野先生とこんだけ派手な面子が授業そっちのけで騒いでるんだ。ビビるよなあ。
というか、第一に……


「え?」

見回していた時、ばちりと視線が合った。
…離れた窓際の席から、ざわざわ騒ぐ生徒達の中に紛れてじーっとこっちを見ている見慣れない奴は、見た目は俺と同じくらいの平凡っぽくて、服装も性格も至って真面目そうだ。
…そんな人間が松川や薫をガン見する訳が無いと思う、つまり、そいつが見ていたのは幸野先生か、俺――?


そこまで考えて、不意に声を荒げた幸野先生の声にふと我に帰る。


「…第一、松川!日野瀬っ!」
「「はい?」」

「お前等は別のクラスやんか!なんで毎回いるん?!」

「「だって犬吾がこっちにいるし」」

「理由になってへんわ!」

――そう、第一、松川と薫は二年になった時のクラス変えで俺と別々のクラスになってしまったんだ。しかし、そんなのはこの非常識二人組には通用する訳が無かった。薫は授業中や昼休みにたまに遊びに来る位だが、松川なんか自分のクラスから机持参でやってきて自クラスそっちのけで俺の隣で授業を受けている始末。い…いくら付き合ってるからといっても一年の頃はそんなに酷くなかったのに…。
ああ、頭が痛い……。









その放課後。
結局松川と薫は幸野先生の呼び出しを食らい、理解不能な古文と格闘している。
因みに俺は松川待ちで、さっきから不真面目な二人を注意しまくって疲れてる幸野先生に頭を下げている。…ほら、一応保護者みたいなもんだから。


「…あの、ホントすみませんでした先生…」
「…宮崎は今は謝らんでええから。とりあえずあの二人なんとかしぃや。特に日野瀬なんか俺が男子注意するたんびになんかキラキラした目でみてくんねん」
「無理です。勝手に指導しといて下さい…あと薫のそれは病気なんで慣れて下さい」
「…随分、ドライやな」
「いや、思考がパンピーなだけですんで」


浮気者―とか犬吾ひどーいとかバカ言ってる二人組を後目にしみじみと幸野先生と同じタイミングで溜め息を吐いた。
…もう本当に尊敬します幸野先生。



すると、不意に幸野先生がポンッと俺の頭に手を乗せた。
途端、何故だか優しいような哀しいような声が落ちてくる。

「…宮崎はホントに普通の子やなあ。おまけにそっくりや」
「は?」
「いや、初恋の人の話やねん」
「初恋?」

なんか性格が宮崎によく似とんのや、と幸野先生は笑った。

「普通とか平凡とかそういう当たり前が大好きな人でな、その親友の二人もべっぴんさんやったんやけど――って、あああっ!!」

「!?」

「松川と日野瀬逃げよった!」

「はあ?!」


青ざめた幸野先生に釣られて振り向けば、松川と薫の姿が忽然と消えていた。………あんっの死にたがり野郎ーー!!




―――無言で怒りのオーラを発して無自覚に幸野先生を怯えさせていた俺は、その時ただ、松川と薫が俺を置いて逃げただけだと思っていた。


自分に降りかかってる、災難もまだ知らずに。







《続く》



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