お前は知らない




母の記憶はあまり無い。
ただ、いつもちょっと変わった不思議な人だったという認識はあったので、羽積に色々母の武勇伝を聞いた時は少し引きながらも、なんとなく納得した。
両親が大嫌いで自ら親不孝だと自称したり、見合いをさせられそうになるとその来客が散歩する庭にピラニアを放ってみたり、羽積がいじめられたらいじめた従兄弟達の歯ブラシでトイレを掃除してだいぶ後からそれとなく事実を言って精神的大ダメージを与えてみたり。とにかくとんでもない女だったらしい。

そして。

年上に惹かれるのも血なのかと思った。






『はじめまして、翼兎くん』
そう言って施設に表れた男に、俺はウザイと一言罵倒した。なのに。
『……ウザイって、どんな意味でしたっけ』
俺の傍らの施設の先生にそう首を傾げて聞いた天然な男が、羽積だった。








俺が羽積を好きだと自覚したのは中学一年のころ。因みに俺は頭が良いので小学校は一年飛び級している。
ある日、羽積の実家の活深家だかの奴らが店に来て、跡取りに俺を寄越せと言って来やがった。そして羽積が既に実家と縁を切っていたにも関わらず家に戻ってどっかの令嬢と結婚しろとほざきやがったんだ。
勿論俺はふざけんなてめぇ、だ。
そうやってそいつ等に殴りかかった俺を止めたのは、羽積だ。俺に吹っ飛ばされて頭から血を流しながらも活深家の奴らを怒鳴り家から押し出す羽積を見て、今までに無い後悔に襲われた。今まで兄みたいに認識していた羽積を大人なんだと再認識して初めて羽積との年の差を実感させられて、寂しさを感じた。そこで気づいた。俺は、羽積が好きなのだと。



男同士だからとかはあんまり気にしなかった。好きだと自覚すれば心は軽かったし、昔から一緒だという特権を使ってひっつくことも出来た。……あいつが母を褒め称えるたびにイライラするようにはなったけど。

その後は羽積が俺に手をかけるようにわざと不良っぽい派手な格好をして、自己防衛に柔道とか空手とかを習って、情報集めに路地裏をうろつくようになった。
誤算だったのは本当に不良チームのトップになっちまった事だが、そこは1ヶ月で信用出来る後輩に譲って退いた。

そして、俺は大学受験を蹴ってアルバイトをしながら羽積を手伝っている。
羽積のそばにいるために。












「…………」
バイト帰りの午後8時、閉店間際の喫茶店に帰宅。
最悪な光景が目の前にあった。


「マスターって羽積って言うんですかあ?」
「若いですねぇ!!」

「若いって…目の前三十代だよこれでもね」

きらきらした瞳で羽積を取り囲む女子高生共。
避けろ。退けろ。去れ。羽積に触るな。寄るな。つーか羽積の視界に入るなこの野郎(女だけど)が…!

「羽積」

「あ、翼兎。おかえ―…」

「…き、きゃあああ…!!」


振り返った女共に軽く睨みをきかせると、真っ青な顔をして走り出していきやがった。いい気味だ、最高だ、もう来るんじゃねぇぞ。「……翼兎、なんでお前はそう女性客に冷たいかなぁ…」
「冷たくねぇよ」
「え?」
「嫌いなだけだ、あとゲイとかバイの奴らも」

羽積信者予備軍だからな。
羽積は男からも女からも人望があるから油断できねぇ。

「もっと質悪いだろ!!…まったくお前ってやつは…」

呆れ顔だけど、羽積の目は優しい。俺と同じ大切な存在を見る目は、とても心地よい。


だから、今はこれでいい。



お前は知らない。





俺が誰よりもお前を想っていることを。






「羽積、嫁なんか一生とるなよ」
「翼兎がしっかりするまで結婚なんか出来るわけないだろー」


なら、一生不良でいようか。


そんなことをぼんやり思った、夜の出来事。








end




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