まだ知らない



※年の差・年下攻め



俺には姉がいる。

世界でも名が通る、いゆわる金持ちの活深家の家系の中で唯一まともで、末っ子の俺を慈しんでくれた、姉さん。

地毛の長い紅の髪と紫の瞳が綺麗で、物静かで大人しくて、でもしっかりしていた姉の名前は、香代華。
だがしかし、彼女は高校二年のある日、突然家庭教師と駆け落ちしてしまった。
昔からずっと親が敷いたレールの上を言われるがまま歩いていた香代華姉さんの行動は、活深家を騒がせ、ついでにまだ7つだった俺に家を出る決意をさせるのにはちょうど良かった。

確かに姉さんを慕っていた俺だが、ショックでは無かった。家を出る前日に彼女は言ってくれたから。

『わたしはこれからの人生でね、本当に大事にしたいひとは三人って決めたのよ。それ以外のひとは愛さないの。その特別はねあの人と、…いつか生まれる私の子と、そして羽積、あなたよ』

羽積、という俺の名前は姉がつけたらしい。俺の銀髪を見て一発で鳥の羽のようにふわふわしてると、赤ん坊の俺を抱き上げて微笑んでいたと、使用人から聞いた。
彼女は鳥の翼よりも、何故だか羽の方が好きだったから。


そういう訳で、俺が7つの時10離れた姉は駆け落ちし、行方知れずになった。



そしてその数年後、俺は自分で掴み取ったツテや人脈を利用して18にして喫茶店兼探偵事務所みたいなものを開いた。表向きは喫茶店だけど、悩んでいる客がいたら相談に乗る、いゆわる限定探偵。因みに助手はいらないというか、雇う余裕も無かったのでいない。
元々、人柄や顔もそれなりに良く探偵としての素質もあったので軌道に乗るのは早かった。評判も良いし、喫茶店も今のところはちゃんと黒字。

そんなある日だった。
ある情報が入って来たのは。

『駆け落ちした活深グループの令嬢だった女がこどもを残して亡くなった』

気が付けば事務所に鍵をかけてから飛び出していた。
目的の場所に辿り着いた時にはもう、活深家の人間でさっさっと葬儀は終わっていて、俺は親類縁者全員殴ってやりたかった。誰よりも姉さんを慕っていた俺を知ってる奴らは謝ってきたけどな。

…死因は過労死。
そう、情報通り姉さんはあの家庭教師の先生とのこどもがいた。けれど、実は駆け落ちして三年たったころにこどもと香代華姉さんを残して事故で他界してしまったらしい。そこから過労死と聞けば、それからの姉さんの生活と苦労は言わずもがなだ。あのひとは誰かに頼ることがとても下手だったからずっと一人で無理をしてたんだろう。

そして墓前に花を供えた時、ちょうど姉さんが住んでいたアパートの管理人さんが俺に紙袋を渡しに来てくれた。

その中を見た俺は、泣き崩れた。みっともなく墓にすがりついて、声を上げて泣いて泣いて、目が溶けるんじゃないかと思うくらい、泣いた。
それほど、その中に入っていたものは俺の胸を貫いたんだ。

紙袋いっぱいに入っていたのは一冊のこどもの成長記録のような日記と、

…たくさんの、溢れんばかりの俺宛の手紙だった。

―全部切手が貼ってある、出す直前で躊躇った手紙達。見れば月に三度くらいで数年分もだ。中身はどれも便箋びっしりに書いてあった。


俺は、忘れられてなかった。

ごめん、姉さん。会いに行かなくてごめん、大好きだから、会えなかったんだ。こうなるなら、会いにいけば良かった。


手紙を抱きしめて泣き叫び続ける俺を、アパートの管理人さんはずっと抱きしめててくれた。



その後、俺は活深家の反対を押し切ってまだ8歳だった姉さんの子を引き取った。

名前は、翼兎。

姉さんによく似た赤い髪に銀の瞳の子で、最初は心を閉ざしていたもののすぐに俺と打ち解けて、施設の方も養子という形で引き取りを許可してくれた。
それからは苦節しつつも楽しい毎日だった。喫茶店と探偵事務所には可愛らしい助手兼アルバイトくんが出来て、ある意味大活躍。
そして毎年必ず夏には香代華姉さんの、秋には家庭教師の先生…火月さんの墓参りに一緒に行って、他は授業参観に行ったりクリスマスしたり…なんだかんだで幸せだった。

翼兎も「はづみー」って懐いてくれてたし。





しかし





十年という歳月はあっと言う間に流れ。



「…翼兎、なんだそのピアス」
「るっさいなあ羽積」
「うるさくない!全くお前はまた身体に余計な穴を空けやがって!」

姉さん、すみません。
あなたの息子さんは不良くさくなってしまいました。とーくに見た目と言葉使いが。
しかも何故か18になり高校卒業したとたんに頭良いのに大学受験蹴って、本格的に俺の助手になり、アルバイトを始め、スッゴい生意気になりました。
あと背も伸びたし、最近はなんか姉さん似というより…父似?

「ああもう、年に合わない若い面して偉そうに言うんじゃねぇよ!」
「若いのは顔だけだ!あと二年で俺はアラサーだぞ!」
「知るか馬ー鹿っ!シスコン」
「ああ!お前のお母さんはそりゃあ素晴らしい人だったんだぞ!」
「認めんのかよ」


因みにここは俺の喫茶店内なんだけど、ご心配あらず。現在休業中です。


すっかり大人くさくなった翼兎は最近よく背伸びする。

俺はよくわからないんだが、たまにくる金髪不良君には『マスターどんかーん』と言われた。地味に酷いだろう。
あ…、…どうでもいいがあの子はこの前連れてきた黒髪の子とうまく行ったのだろうか?


「…なあ、羽積」
「…ん?」

怒鳴り疲れたのか、翼兎がカップを拭いている俺の背中にもたれかかる。…全く、18にもなって甘えるとはこういうとこが姉さんそっくりだ。

「羽積は、俺が大事か?」
「ああ、大切だよ」
「…自分の姉の子、だからかよ?」
「それもある、けどな、今では姉さん関係なく翼兎だから大切なんだって、ハッキリ言える」


カップを置いて、ぐるりと身体を反転させて翼兎を抱き寄せてやった。甘えるように俺にすがりつく翼兎だが、実は俺が小さい。ああくそう、童顔さえなければ目立たないのに。


「俺は翼兎がだいすきだよ」


たいせつな家族だ。

「…うん」



俺も羽積が大好きだとは、もう言ってはくれないなと苦笑する俺には、必死に欲を我慢する翼兎の熱っぽい瞳なんか見えない。



10離れた、息子同然の存在が、俺に恋情の眼差しを向けているようになっていたなんて、俺はまだ知らない。






この家族関係に変化が起きるなんて、






まだ、知らない。









end?



*まとめ

横栖 羽積
よこす はづみ

現在は母の旧姓。
銀髪の普通の髪質で目は朱の童顔。
見た目18の28才。
戸籍上は翼兎の父親で凄腕探偵兼『喫茶店、一期一会』のマスター。
穏やかで話し上手。
◆◇◆◇◆◇◆
横栖 翼兎
よこす よくと

紅のウルフな髪型だが襟足は結っている。見た目不良言葉不良、しかし中身は真面目。
母の記憶はあまりなく、親代わりの羽積が世界の全てで最愛の人間。
不器用だが、羽積にのみツンデレデレ。
たぶん攻めな18才。
実は『本命』の松川の先輩だったり。



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