『…まつかわ』
『犬吾』
『なんで…こんなこと、した』
『わかってるだろ?』
『まつ、』
『犬吾は俺の本命なんだからー………』






「なんだこれはああああああ!」
「んー?冬の新刊、『イケメン×平凡オンリーアンソロジー』」
「あはは、なんか俺とわんわんみたいなのがいちゃこいてるー!しかも事後!」
「あ、松川、そこベタフラで」
「はいはい、トーンは何番?」
「無視すんじゃねぇダブル不良!!」

「「してないしてない」」


…みなさんこんにちは。
冬休みをよくわからん作業で潰されている宮崎犬吾です。もう死にたい、別に松川じゃないけど。
あれから松川と薫は敵対していた不良同士にもかかわらず何故か仲良くなってしまって、今では俺と薫そして松川の三人は学校内でもかなりの異色な有名トリオ(なんか古いが)だ。
因みに松川の俺に対するスキンシップや好きだの本命だの愛してるだのという戯れ言も現在もしっかり続いている。
…ああ、本当に普通から遠ざかってる気がして、なんか目から水が…………出た。
バレないように目薬差したっていっておかなければ。


「あーホント二人がいて助かるぜ、ゲスト参加だから絶対期限守んなきゃいけないんだよなー」
「あはは、よくわかんない俺」

ニコニコ喋りながらもすらすら動く薫の片手は息をのむくらい上手いイラストを書き出してゆく。…凄い。…まあ……中身はどうであれ漫画を描くことにあまり詳しく無い俺でもここ数日のアシスタントで薫の絵はかなり上手いと知った。
松川が漫画家ならないの?と聞いたらどちらかというとBLゲームのシナリオ担当がしたいから趣味に留めるんだと爽やかな笑顔で答えていたが、すまん、俺にはさっぱりわからない…!

「ねえねえ、犬吾」
「へ?」
ふいに、松川が俺のそばの椅子に移った。そのまま原稿用紙とにらめっこしている俺の耳元に口を寄せて。

「この漫画みたいに、俺らもやってみる?」
耳からダイレクト伝わる低い声に、何故か背筋が震える。……だああああなんだこれ!!
「………い、いい加減にしやがれこのバカがッ!!」
「あ―…酷い、…もう嫌、ワタシ、イキテイケナイ」
「その睡眠薬しまえぇぇぇぇっ!!!」

どこで仕入れてくんだどこで!

こいつは毎回冗談のようで実は本気なのでこういうものは取り上げなければいけない。なので俺の部屋の引き出しには剃刀と睡眠薬が異常な程に有る。…兄貴見つかったら大事なので、いつも鍵をかけてるけど。

「まーつーかーわー!」
「あっはっは、ほら犬吾、日野瀬が悶絶してるよ」

は、と左隣を見れば、口元を抑えて足をばたつかせてる薫。お前はどこぞの女子だ。

「…!…!!!!」
「……薫、お前なー…っ」

「だ、だって仕方ないじゃねぇか!『三次元には興味無いしー二次元のBL派なの自分ー』と思っていようとな、頭の中に腐った思考が有る限り、三次元でも仲の良い青年同士がいたらどうしても反応しちまうんだよ!ピュアな奴らはそこで自己嫌悪に陥ってしまうんだっての!つまり俺は腐男子なんだよ文句あっかああ"!?」

キレている、というか興奮し過ぎて壊れてる。薫の口癖で言えばオワタ。
とりあえず叱らないと…嗚呼めんどくさい!

「んなこと知ってるわ!」

「日野瀬ー、自重自重。そしてインクこぼれてる」

「へ…うあああああああああ、これだからアナログは…!誰か俺にペンタブ、ペンタブ買ってくれ…!」

ペンタブ?
なんだそれ、入浴剤か?

「松川、それ高いのか?」
「うん、高い」
「薫、働いて買え」
「あー…なんかもう釘バッド振り回してぇ、コスプレしてぇ、いってよしやりてぇ、各校のジャージコンプしてぇ、トリップしてぇ―……絶望した」
「あーあ、………日野瀬、使う?俺の睡眠やk「黙れ松川」


自業自得だとため息を吐きながらも、俺と松川は結局次の日の朝まで薫の原稿直しに付き合った。
…お礼にと薫に渡されたゲームと漫画を抱え、今後の参考にするよと俺を見つめてにこやかに笑った松川は、記憶から無くしておく。










家に帰ってベッドに入り、すぐに、夢を見た。

過去の回想もとい、悪夢。




―恋愛感情で、好きだと想われた事が無かった。勿論存在を依存されたことも、目立つ友達を持ったことも。



だからといって地味な訳でも、いじめられていた訳でもなかった。普通にちょっと反抗したり、勉強したり、何気ない生活を送ったり、とにかく全てが平凡で普通で、それで満足していた。

けど、人生で一度だけ平凡な自分を嫌ったことがある。

何をしても叶わない実力と才能を持ち、それと共にそれ故の責任を背負って立つ、兄貴の存在を、妬んだんだ。

優秀で天才なのは、別にうらやましくなかった。

ただ、自分がずっと見つめていて、告白しようと決意の決めていた人と、既に結ばれていたという事実が妬ましくて、悔しくて、自分が惨めで。

そんなふうに誰かを憎んでしまう“普通の感情”が有る、“何処にでもいるような奴”な自分が許せなくて。





嫌いだった。




俺はいつも好きばかりだ。欲しがりなんかじゃない、皮肉だが、誰かに愛されたいと願うのは人ならば至って普通の平凡な願いだ。
だから、松川が信じられない。怖いんだ俺は。







『好きだよ犬吾』




あの危うい存在が無ければ生きられない自分が、いずれできてしまいそうで。

だから今は曖昧なままがベストだと、そう思い込んでいる。



けど、それももう終わるなんて、思わなかった。







ーーーー……

その数時間後の夜、俺は突然の来客と報告に、頭が吹っ飛びそうになった。

「結婚する事にしたんだ」

「幸虎さんと話し合って、きめたんです。お母様と犬吾くんには一番に知らせようって!」


――そんな宮崎幸虎こと、俺の兄貴の横で微笑む女の人は、中野静架さん。
俺の中学のころの先輩で、何かと俺を気にかけてくれた、ずっと俺が憧れていた人だった。
中二の夏休みに、俺に宿題を教えに来てくれた時に偶然隣町の大学から帰って来ていた兄貴と出会い、恋に落ちてしまった。なんと滑稽か。そして薫的にいえば、どこまで王道か。


「おめでとう、幸虎、静架ちゃん。犬吾、あんたこんな綺麗なお姉さんが出来るのよ〜良かったわねぇ」


母さんの、声が、遠い。

「おめでとう、良かったよ本当に」

俺は上手く笑えてるだろうか。正直自信がない。息が、苦しい。

―先輩のことはとっくに吹っ切れていた筈だったが、軽くトラウマだったらしい。自分の好きだったひとが、完全に兄貴のものになるという事実が、再び俺を自己嫌悪の闇に引きずり込もうとする。
こんな自分は嫌だ。兄貴と比べるなんて自傷行為をして悲劇ぶるなんて吐き気がする。

なのに、俺の中の汚い俺が俺ばかり不幸だと嘆く。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

苦しい。

助けて。



誰か、誰か、誰か。







『―――犬吾』



頭に響いたのは、だらしない甘ったるい声。



「犬吾!?」
「犬吾くん!!」
「ちょっとどこいくの犬吾!」

気が付けば、駆け出していた。足が向かう先は、松川がいるであろう夜の町。



…………


そして、やっぱり俺は運が悪い。

「ぐあっ…!!」

ドゴッという鈍い音と共に、自分の身体が冷たいコンクリートに叩きつけられた。
どっと湧き上がる嘲笑が、路地裏に響き渡る。なんかよくわからん不良共に捕まったらしい。俺の顔を知らないという事は、松川のグループの奴らでは無いようだ。

「へー、なんかフツーだけど結構良くね、コイツ?」
「はっ?おっまえそんな趣味だっけぇ」

何度も殴られながら、わけがわからない会話が遠くで聞こえる。足もやられたので中々立ち上がれなくて、意識も朦朧としてきた。胸の中で張り詰めていた糸が、キリキリと音を立てる。

ああ、もう。
「……か…ゎ…」

「あ"?コイツ何泣いて…」


あいたいよ。



不良の1人が蹴られまくって汚れた俺の肩を掴む。やめろ、今俺に触れていいのはお前じゃないんだ…!




『けーんごっ』



あいたい。




「まつかわぁぁぁぁああっ!!!」



あいたい、のに―………!






「はーあーいーー!」


「ぐあ"あっ!!!」


…………あ。


「「は!?」」


間の抜けた声がした瞬間、突然視界の端から伸びた長い足が俺の肩を掴んでいた不良をぶっ飛ばした。片足なのに、男の身体が宙を浮いてべしゃりと地に落ちる。

「俺のテリトリーで何やってんの?アンタ等。」


現れたのは、闇夜に煌めく、金色。


「げっ、コイツ…」
「まさか松川!?」

「まつ、かわ」

ボロボロの俺をちらっと見て、松川は不良達に視線を戻した。ぶっ飛ばした男はあのまま気絶してしまったらしい、…片足だけの蹴りだったよな、確かに。


「…なあ、俺さ、自分の事としては良く言うけど他人にはあんま言わないことがあんだよねぇー…」

「なっ……」

冷たい無表情の松川が、一歩進み出る。
そのまま、動けずに腰を抜かしてる一人の男の額に自分の片足を軽く乗せた。

「なんでかわかる?
それはなあ、“そうする前に”、“やってるから”さ」



口角を上げて、動けない相手をあざけわらう様は恐ろしいくらいに、美しい。
おぼろな視界でそれはわかった。




「 死んじゃってみる? 」











不良達が去ったのは、その数秒後だった。

「もー…俺に用あるんだったらうちのチームの子に頼めって言ったでしょこの馬鹿犬め」

しゃがみながらも呆れ顔の松川が、俺を抱き上げようと伸ばしてきた手を、握る。そのまま涙も拭わずに顔を上げた。

もう、限界だった。

松川の顔を見て、触れて、張り詰めた糸が切れる。

そして同時に訪れる、的確な自覚。


「犬吾?………殴られたから泣いてる訳じゃないよな、どうしたの」

「松川、まつかわ、まつかわ」

首に腕を回してすがりつく。みっともなく、泣きながら肩口に顔を埋めれば、松川が息をのんだ。

「犬吾、どしたの、なにがあったの」

「まつかわ、わかんないんだ、俺、なんもわかんない」




(たすけてなんていわないから、そばにいさせて)




そう言って、泣きながらすがりつき震える俺の背を、松川は優しく撫でてくれた。「犬吾、大丈夫だから、だから、思いっ切り泣いちゃいな、泣いたらうちおいで、ね」







認める。

真っ先に浮かんだのは、お前の顔だよ。

俺が今、好きなのは

本命なのは




お前なんだよ、松川広樹。




…続く


続いてしまってすみません…!前半と後半の温度差が激しいです(汗)
因みに松川の『はーあーい』はイ〇ラちゃんじゃなくて、ト〇ロの姉妹の方のイントネーションです、『は―↑あ―↑いー↑』みたいな(どうでもいい)


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