弓なりに撓らせた背中に舌が這った。びくびくと身体を震わせると、彼女は楽しそうに笑う。いや、表情なんてこっちからは全く見えないが、いつも楽しそうにしているから、今もきっとそうなんだろう。

「ゔぅうあ゙ぁっ! ん゙ぉ、なまえ、も……い゙ぁ、いぐ、あ゙っ、イく、イぐ、ゔぅっ……!」

 枕に埋めていた顔を上げ、限界を彼女に告げた。人工的に作られた液体がぬぷぬぷと音を立てる音。彼女の指が俺の中に出入りするたびにそれは厭らしく部屋に響いた。そこはその度に先走りを垂らし、涎がなまえの枕を汚す。恥ずかしい。みっともない。なのに、もっともっと触れられたい。
 ぎこちなさを微塵にも感じさせない指先が憎かった。どうせ他の誰かもなまえからの好きを貰っていて、俺と同じように、いや、俺よりも愛されているのかもしれない。煮えくりかえる腸を無視して彼女から与えられる快楽に酔っても、その事実はいつまでも脳裏にこびりついて消えてはくれなかった。頭が馬鹿になるくらいしてくれれば忘れられそうだというのに、彼女はいつだって俺の頭に苦しさを残すことを忘れない。どうせならもっともっと苦しめて傷つけてころしてくれれば、いい。
 心臓を締めつけられるくらいの快感が体中に走れば、俺の局部はいとも簡単に全てを吐きだしてしまう。嫌だ、出して終わりたくない。ずっと出せないで我慢するのは苦しくて辛い事だが、それでも彼女が離れてしまう事に比べれば、耐えるのは容易いというのに。

「あ゙ぁっ、……ぅ゙、は、っ……なまえ、んぐ、ふ……っ、好き、す、き」
「私も、好きだよ」

 彼女に愛されたい一心で、彼女が喜ぶような声で愛を伝えれば、俺の求める言葉はすぐに返って来た。本当にほしいのはそんな言葉じゃない。でも、彼女はいつだって俺が本当に欲しい言葉だけは絶対にくれなかった。それでもいい。いつか、俺だけを見てくれる日が来ると信じてやろう。

「汗、気持ち悪いよね。拭いてあげるから待ってて」
「いい……、このまま、で」
「……そう?」
「いい、から、どこにも、いくな」

 我儘は簡単に言葉として空気を震わせ、彼女に伝わってしまった。惨め。醜態。だが、辛くて寂しいを隠すのはもっと苦しかった。なまえはいつも俺を気持ちよくしてくれるけど、俺からなまえにそういうものを与えた事は無い。いや、与えさせてはくれない。俺だって、お前のこと。ああまた苦しい。幸せにしてくれるというのは嘘だったのか。あっちに居た頃より、ずっと辛い。でも、離れるのは、もっとつらい気がして元の場所に帰せなんて言えないのだ。今の彼女なら、簡単に俺を手放してしまうだろう。それでは、駄目だ。彼女も俺をもっと好きになって、離れたくないと強く思った時にこそ言うべきだ。帰りたいなんて微塵にも思ってはいないが、俺と離れたくないと我儘を言う彼女を、どうしても見たかった。……なんて面倒な奴なのだろうか。

「疲れた? 寝てしまってもいいよ」
「……起きても、お前がそこに居るなら、寝る」
「分かったよ。起きたらここにいる」

 彼女はそう言って俺の頬に貼りついた髪を拭う。寄せられた腕をぎゅっと掴んで離れて行かない事を確認すると、すぐに睡魔に襲われた。頬に落とされた唇に喜んだのも束の間、俺が寝入りかけた瞬間彼女はこの部屋から気配を消す。ああ、うそつき。熱い目の奥は、しばらく冷えそうにない。起きたら彼女が隣に居る事を強く強く願って、俺はもう一度瞼を閉じる。いつか、あの髪を撫でて、彼女の背中に手を回して、頬を寄せて眠ることが許されたら。