ざあざあと、雨が体を打ち付ける。なのに俺が感じているのは、小笠原を抱きしめている感覚だけだった。どんどん感覚が遠くなっている。恐らく、もうすぐ全ては終わるのだろう。
小笠原は泣いている。俺は彼の頬をはさんでいた両手で、震える目の前の体をそっと抱き締めた。
「…まってる」
溢れる嗚咽の間に確かに小笠原はそう言った。彼の腕が俺を抱き締める。まるで宝物を抱えるみたいに。
「ずっと待ってる。何年だって、何十年だって待ってる。だから、きっと、会いに来て」
俺は頷いた。小笠原の肩に顔を埋めて、何度も何度も頷いた。言葉はもう出なかった。
「好きだ。これからだって、ずっとずっと好きだ…佐藤、さとうっ…!」
俺を呼ぶ小笠原の声がどんどん遠くなる。声がでなくて良かったと思った。もし声が出たならば、離れたくない、行きたくないって叫んでいたかもしれない。
俺はとても弱い人間だった。それはきっと死んでも変わらないんだ。
きらきらと輝いて消えていく俺の期限つきの体。小笠原が、泣き叫んでいる。まるで心がかきむしられるような悲痛な声だ。
俺は小笠原を見た。綺麗な目だ。色素の薄い目と視線が絡む。
やくそく、と声のでない口で紡いだ。別れの言葉は俺たちには必要ないから。そうして笑った。何もかもを飲み込んで笑った。
いつの間にか小笠原の後ろに死神が立っている。能面のように何の表情もない顔。ありがとうと動かそうとした口はもうなかった。
全てが消えるその前に、泣きながら笑う小笠原が見えた、気がした。