「あなたは三ヶ月前に死んだ。肉体は既になく、骨は最早灰に近い。それでもあなたは彼を、生きながらにして死んでいる彼を、どうにかしてやりたいと、そう思うのですか」

死神は硝子玉の目で俺を真っ直ぐに射抜いて、そう言った。まるで身を裂くような冷たい目だ。俺は泣いている小笠原を見て、それから死神にゆっくりと向き直った。

「…死人の俺に、何か出来るのかな」
「さあ?それはあなた次第です。もしかしたらあなたのこれからの行動が彼を救うかもしれないし、さらに地獄へ突き落とすかもしれない」

気付くと死神は、俺と小笠原の目の前に立っていた。そしておどけるように肩を竦めてみせる。

「悩むことはない。あなたはあなたが思うとおりにやるといい。既にあなたは死に、彼は生きながらにして地獄にいるのだから。これ以上、事態が悪くなることがありますか?」

死神は傘をくるりくるりと回す。俺はそれもそうだ、と小さく笑った。

「やるだけやってみるよ。だから…申し訳ないんだけど、俺にアンタの力を少し貸してほしい」
「良いでしょう。私はそのためにやってきたのだから」
「ありがとう。…あんたって優しいな、死神なのに」
俺がそういうと、死神は傘を回す手をぴたりと止め、驚いたように目を見開いて固まった。

「優しい…私が?」
「だってなんだかんだ困ったら来てくれるし、無理やり俺を連れていくこともなかったじゃないか」

死神は目を見開いたまま俺を暫らく凝視し、それから二回ほど瞬きをする。そうして、くすくすと笑った。

「優しい、ね。本当の私を知ったら、きっとそうは思わないでしょうね。それに死神にとって優しいなんて褒め言葉にはならない。…あの子が聞いたら、さぞや驚くでしょう」

死神は一瞬だけ無機質な硝子玉に優しい色を浮かべて微笑んだ。

「あなたに10分だけ差し上げましょう。それが私からの最後のプレゼントであり、あなたの期限です。それが過ぎれば私は無理にでもあなたを連れていく」

精々、頑張って下さい。そう言って死神は再び無機質な目で俺を見ると、ぱちんと指を鳴らした。

「さあ、足掻くといい。…死ぬ気でね」

きんと耳鳴りがした瞬間、俺は全身を雨に打たれ、久しぶりに感じる冷たさに思わず呻いた。制服に水が染みていく感覚。それは俺が忘れていたもの。

「…さ、とう……?」
靴まで一気に水が浸透してくる感覚に顔を顰めていれば、俺を呼ぶ声。横を見れば、やつれた顔で呆然と俺を見つめている小笠原がいた。




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