ざあざあと雨の音がする。俺は目を開いて、上半身を起こした。いつの間にか空は真っ暗で強い雨が降り出している。

雨は俺を通り抜け、貯水槽を濡らしていた。俺が着ている制服も身体も濡れる事はない。生きている頃は制服が濡れて肌に纏わり付くあの感じが嫌いだったことも、今は何だか懐かしい。

俺はゆっくりと立ち上がると、ぐっと背伸びをした。小笠原に会いに行こうとそう思った。


雨の中、予想通り小笠原はいつもの場所に傘もささずに立っている。俺もいつものように彼の横に並んだ。小笠原の着ている長袖のシャツの裾から沢山の痛々しい傷が覗いているのが見えて、俺は顔を顰めた。

「おがさわら」

初めて俺はその名前を口にする。小笠原は俺を見ない。俺はもう一度、彼の名前を呼ぶ。

「小笠原、何やってんだよ。風邪ひくぞ」

聞こえる筈がない。それでも俺は言わずにはいられなかった。

「俺は死んだんだ。死んじゃったんだよ。もうみんな、俺のことなんか忘れて笑ってる。お前も忘れろよ。何時までもこんなことしてちゃ駄目だろ」

雨に打たれながら、小笠原はぼうっと無人の横断歩道を見つめているだけだ。何時から彼はここに立っているのだろう。髪も服もびしょびしょで、唇は青紫がかっている。ただでさえ顔色が悪いのに、このままじゃ本当にどうにかなってしまう。俺はどうしようと辺りを見回した。周りには誰の姿も見えない。

「佐藤、」

呼ばれて、振り返る。小笠原は俺を見ていない。

「…なんで、何で俺じゃなかったんだろう。何で俺が死ななかったんだろう」
「おまえ、…なに言って…」
「俺が死ねばよかったんだ。そっちの方が何倍も良かった。…なあ、佐藤。何で俺は死ねないんだろうな。ただ、お前に会いたいだけなのに」

会いたいよ。小笠原の身体が震えている。俺は言葉を失って、その場に立ち尽くしていた。時折、小さな嗚咽が聞こえてくる。小笠原は泣いていた。雨に紛れて、それでも声は出さずに静かに泣いているのだ。

俺は呆然と小笠原を見つめていた。それ以外に俺が出来ることなんてなかった。声も伝わらず、触れられもしないのに、いったい俺に何が出来る?だって俺は死んでいるのに。

「どうにかしたいのですか」

淡々とした声。いつの間にか、横断歩道の上に、真っ黒な傘をさした死神が立っていた。




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -