真っ暗闇の中、俺は昔暮らしていた祖母の家の畳に寝転んで昔の事を思い出していた。錆びついてもう鳴らない筈の鈴が、手の中でりんとないた気がした。ぐっと、鈴を握り締める。


その夜俺は夢を見た。

祖母と手を繋いでおきつねさまに会いに行く小さな頃の俺。俺は祖母の畑で取れたばかりの野菜を供えて、祖母に倣うまま手を合わせている。信仰の対象として、昔はおきつねさまの元へ毎日の様に沢山の人がお参りに来ていたと祖母に聞いた事がある。あの頃、俺は俺と祖母以外の人がおきつねさまをお参りしている姿を見たことがあっただろうか。小さな胸の痛みと共に、「会いたかった」と呟いた男の静かに泣く姿が脳裏を過ぎった。

ぱっと不自然に場面が切り替わる。夢の中で俺と手を繋いでいた筈の祖母はいつの間にか消え去り、代わりに小さな俺と同じぐらいの背格好をした真っ白な髪に赤い瞳を持った少年と手を繋いでいた。少年は俺を見て笑う。そうして言った。


「ずっと一緒にいるよ」


はっと俺は目を開けた。眩しい光が、障子を突き抜けて部屋を明るく照らしている。上半身だけ起き上がらせ、目許を拭えば、ひんやりと冷たい水に触れる。俺は眠りながら泣いていたらしい。

「…おきつねさまは守り神なんだから、大切にしにゃいかん」

俺はそっと祖母の口癖を呟くと、手に握りっぱなしだった鈴を強く握り締めた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

俺はまだ日の昇りきらない内に、祖母の家を出た。顔を覗かせた朝陽が、山に囲まれている村を照らす。その朝陽に背を押されるようにして、舗装もされていない砂利道を俺は走った。通いなれた森への道。その途中で、俺は優しく笑う祖母を見たような気がした。

まだ少し肌寒い森の中。俺は真っ直ぐにおきつねさまの元へと向かう。今度は迷わない。俺には何故か、そんな確信があった。

狐に会ったら、鈴を渡そう。そうして狐の名前を聞こう。それからのことは考えていない。けれど、もしも狐が少しでも笑ってくれたなら、もうそれだけでいいと思ったのだ。

朝の冷たい風が俺の背中を押す。ちりん、と手の中で鈴が笑った気がした。


終わり




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