ローリーズ・アンヘドニア | ナノ
扉を開けた瞬間、腹にチクリとした感触を感じて、視線を下にずらす。
案の定と言うかなんと言うか、不本意にも見慣れてしまった黒の塊がそこにはあった。
「…やっぱり、あんまり刺さんないね。」
珍しく感情の感じられない声で呟かれ、眉を寄せる。
「…臨也。」
こいつはたまにこんな風に、まるで自分の感情なんかないかのように振る舞うときがある。
情報屋といううさんくさい職業の所為か、それともこのうざってぇ性格の所為か(多分両方なんだろう)、こいつは定期的に情緒不安定になっては俺のところへ来る。
こうなったこいつは相当切羽詰まっているらしく、先の動きが全く読めない。
今のように突然切りかかってくることもあれば、突然抱きついてくることもある。
全く脈絡の無いようなことを突然やってのける。
それにキレずに対応している俺はかなり頑張っていると思う。
「ね、シズちゃん。なんでだろ。何で刺さんないんだろう。」
「…そんなに刺してぇのか。」
情緒不安定なやつの戯言なのだが、それでも傷つくものは傷つく。
あの日、嫌いが好きに変わったとき、今まで嫌いだった分までこいつに惚れているのだから。
「だって、最近シズちゃん楽しそうだから。」
「あ?」
楽しそうだったらテメェは刺すのか。
額に青筋が浮かびそうになって慌てて抑えているところで、臨也が笑った。
その血のように赤い眼を不安定に揺らして、臨也は泣いた。
「…なんなんだテメェは。」
その透明な涙をなるべく優しく拭いながら、そういえばここはまだ玄関だったと臨也の手を引いて部屋の中に引きずり込んだ。
ソファーに座り、そのまま臨也を上に乗せて後ろから抱き締めると、臨也は体を跳ねさせて息を詰めた。
「…シズちゃん。」
臨也が今だ止まらぬ涙を無視するように、涙を拭っていた俺の手を払った。
仕方がないからその手は腰に回して臨也の反応を窺った。
「なんだよ。」
「シズちゃん、シズちゃん。…シズちゃん。」
泣きながら俺の名を呼ぶ臨也があまりにも儚くて、壊れてしまいそうで。
どうしようもなく臨也を抱き締める腕の力をほんの少し強めた。
ローリーズ・アンヘドニア
(君が離れていくんじゃないかと、いつも不安なんだ)
――――
折原さんは寂しがり屋なようです。