彼を愛することを(粗塩) | ナノ
孤高の浮き雲。他者がアラウディのことを表現するのによく用いられる、いわば代名詞のようなものだ。天候にもじらえて表現されるボンゴレ創始者とその守護者。アラウディは、その呼び名が嫌いだった。
「…雲」
彼が、呼ぶ。持ち前の誰にでも好かれる笑顔で。ボスとしての風格を引っ込めた、年相応、もしくはそれ以下にも見える柔らかい笑顔で。彼が自分のことを名前で呼ばなくなったのは果たしていつのことだっただろうか。親しげに呼ばれるその名前に、聞きなれたはずのそれが全く違う単語のように聞こえて、むず痒く、結局はねのけてしまった。彼はそんな自分の勝手とも言える癇癪に今もずっと付き合っているのか。アラウディは思った。
「私の雲。…離してくれないだろうか」
ほんの少し眉を寄せて、心なしか困ったように腰に回された手を叩く。それに呼応するように強まる腕の力にジョットは小首を傾げるようにしてアラウディの顔を仰ぎ見た。
気に障る。ざわつくこの心をどうしてくれよう。アラウディは、伝わる彼の背中の体温にどうしようもなく辟易した。ひどく複雑な。
「…アラウディ」
暫しの逡巡の後にのせられた言葉。久方ぶりに聞いた、彼の声で紡がれる自分の名。さらに腕の力を強めてやれば小さく漏らされる呻き声。それにわずかばかり気を良くして緩めれば、ジョットは無理に体を捻ってアラウディの頭に片手を置いた。
「…何の、つもり?」
「そう、拗ねないでくれるか。私のアラウディ」
むすっとした低い声色のそれにも怯まずに、ジョットはただ緩やかに言葉を紡いだ。柔らかな笑顔は顕在だ。そのままさらりとした髪の間をすり抜けるように頭にのせた手を動かせばぐらりと後方に傾ぐ体。軽くたたらを踏んで、距離の離れたアラウディを見やれば小さくなる背中。アラウディは、一度だけ振り返って。
「 」
彼を愛することを終わりにしようと 想う
(そしてはじめる 欲した全てを奪い返し真綿で包み込むように首を絞めるそんな恋をはじめようとおもうのだ)
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久々の更新が別ジャンルとは我ながらひどいと思う。ごめんなさい。粗塩かアラジョか最後まで迷った。