死に目 | ナノ
(『小説カキコ』にて掲載。2009/12/22 23:08。)
【死に目】

トイレから出ると、電話が鳴っていた。
面倒だが、しつこく鳴っているので出るしかない。
「はい、もしもし?」
「明君!? 大変なのよ! 落ち着いて聞いて―――・・・。」
従妹だった。何か、緊急の用事みたいだ。なんだろう?
「――明君のお母さんが、危篤状態なのよ!」
・・・なんだって? 母さんが、危篤・・・!?
「なっ、なんだよ、それ! 母さんは今どうしているんだ!?」
「今世田谷病院の三○六号室にいるわ。今夜が峠だって・・・早く行ってあげて!」
俺は世田谷病院へ向かった。
車を、とばす。
信号無視も、スピード違反も、関係あるものか!
母さんが死ぬかも知れないのだから。
母さん・・・生きててくれよ。
俺、母さんのことが大好きなんだから。
生きてくれ。
「そこの世田谷○○! 信号無視、スピード20kmオーバーです! 早く止まりなさい!」
警察だ。ファンファンと、うるさい。
「クソッ・・・黙れ! こっちは急いでいるんだ!」
「早く止まりなさい!」
・・・・・・こうなったら―――。
俺は止まり、誘導される方向に車を止めた。
割と、人気のない駐車場。
その途端に、二人の警官がこちらに来る。
「免許証を出しなさい。それからキップを切るので・・・。」
その後の警官の台詞は、叫びだけだった。
いや、呻き声も。ただ、それだけ。
俺は車内に子供のために買って、置き忘れたままだった金属バットを手に、警官めがけて突いた。
警官が、壁に当たる。
俺は、バットを上から振り下ろした。
二回、思い切り振り下ろした。

「・・・手間どらせやがって。無駄な時間だ・・・! 
早く・・・早く行かなきゃ!」
俺は、再び車を走らせた。病院へ。母さんのところへ。


三階・・・三○六号室は、こっちだな!
階下から、激しい足音が聞こえた。
だが、そんなのは気にならなかった。
それどころではないから。
「どうやら峠は越しましたな。いや、良かったです。」
「本当に、良かったわ・・・!」
「まだまだ長生きをしてくれよ。」
「当たり前・・・よ。わたしゃまだまだ元気なんだから・・・。
それより、明に会いたいよ・・・。
そうするともっと元気になると思うねぇ。」
「もうすぐ、来ると思うわ。そうだ、電話しなくちゃ。」
どうやら、母さんは元気になったみたいだ。
良かった・・・。
早く、顔が見たい。久しぶりに。
足音は、近くなっていた。
「母さん! 大丈夫か!? 俺、本当に心配して―――・・・。」
「きゃああああっ!?」
「あ、あき、ら・・・!」
母さんは、こちらを見て驚いた顔をしていた。
こんなに早く来るとは、思っていなかったのだろうか。
なんにせよ、生きててくれて―――・・・。
「取り押さえろ! 早くしろ!」
後ろから、腕を掴まれた。
もう少しで、母さんに届きそうなのに。
「大変だ! 心臓が・・・早く心臓マッサージを!」
「はい!」
医師と看護師の、切羽詰まった声。
従妹の、青ざめた顔。
兄の、血の気の引いたような顔。
母さんの、閉じた目。
「母さん!? なんでだよ、俺、今来たばかりじゃないか! もっと話がしたいよ! さっきまで元気そうに話していたじゃないか! なんで―――。」
「あ、明君・・・その、血は・・・。」
血? 血なんかどうでも良い! 母さんが・・・。
そのとき、電子音がした。か細く、高い音で。
「・・・お亡くなりになりました。原因は、ショック死かと・・・。」
「なんで―――・・・。」
病室には、彼の悲痛な叫びだけが響いていた。


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