君はずっと、 | ナノ

「俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ俺は俺のものだ――――ううぅうううううぅうあぁあああう……!!」
しんと静まり返った葬儀場。生温く効いた暖房。
揺らめく蝋の火。生前大事にしていた、結婚指輪。
笑顔の遺影と、安らかな顔で眠る母。
気が狂いそうだった。母が死んだのは、如何でも良い。
問題なのは。生前。母が生きている時、よく言われた。


『あんたはあたしのものよ。あんた自身のものでも、誰のものでもないの。
あたしのもの。あんたはあたしから一生逃れられない。あんたはあたしのもの。
あんたはあたしのもの』
 

「違う! ……違う! 違う違う違う違う違うっ!!」
耳から離れない。呪詛の言葉が離れない。幼い頃から言われ続けた。
ある程度の歳を重ねてから、その呪いの言葉を拒絶するようになった。
それでもお母さんは言い続けた。洗脳デモするみたいに。操るように。
ねっとりと、纏わりつく言い方で。脳を焼き切るような鮮烈さを以ってして。
母は死んだ。だから、呪いから解放されるのだと思っていた。
けれど違った。母は亡霊となって。
目の前で殺したくなる程穏やかな顔で寝ているのに、死んでいるのに。俺の頭の中でまだ囁いてる。
 苦しい。
違う違うんだ。俺は俺だ。俺は俺のものだ。誰のものでもない、ましてやお母さんのものでもない。
 虚しい。
お母さんの言葉はたった一言でも、こうも俺を蝕むのに。
俺自身の言葉を、いくら言っても俺は受け付けてはくれない。あるのは空虚感。喪失感。
 助けて。
誰か、助けて。もう嫌だ。苦しいんだよ。喋るな! 黙れ! 黙れ!
包丁を喪服のポケットから取り出して、眠る母の唇を、喉を切り刻む。
血はあまり出ない。あったかくもない。物足りない。
刻んで刻んで、もう喋れないくらい刻んだ。ぼとぼとと白い木板に肉片が落ちていく。
でも、頭からはお母さんの声が離れない。テレパシーでもあるのかもしれない。
頭を刻もう。手が滑って、鼻を切ってしまった。
もう呼吸する事も無い鼻の穴から、形を整えていた綿がぐしゃりと出てきた。
頭を刻んでみても、脳は無かった。腐るから、取り出してしまったのだろうか。
「探さなきゃ」 
ああでも、探してももう無いかな。蛆が湧く前に、とっくに灰になってるかな。
灰も残ってないかな。
じゃあ、なんでお母さんは死んで。口も喉も刻んで。多分脳も無いのに。
なんでまだ声が聞こえるの?
「くるしい……」
うるさい。うるさい。うるさい。そうだ、腹式呼吸かも。
腹を刻んだ。まだ聞こえる。そうか、胸式呼吸か。胸を刻む。
もしかしたら俺の耳がいけないのかな。胸ポケットからペンを取り出す。
両耳まんべんなく忘れないように。突き刺す。鼓膜を破る。
『あんたはあたしのものよ』
まだ、聞こえる。まだ、聞こえる。
誰も、助けてはくれない。
……ああそうか。もしかしたらお母さんが俺に盗り憑いて、俺の口から言ってるのか。
ぼく、のど、切らなきゃ。
「黒目〈くろめ〉? 少しは休んだ方が……っ!? や、止めろ黒目!!」
なにか聞こえるような気がする。気のせいかな。
耳が無いから、よく聞こえないや。でもどうでもいい。
聞こえなくて良い。お母さんかもしれないから。
「俺は、――俺のものだ!!!」
それは確かに、俺の言葉だ。聞こえない。俺自身の言葉も、誰の言葉も。
聞こえない。届かないけれど。


 『――あんたは、あたしのものよ――』

 なんで、聞こえ、……。
 …………………………。
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