劇1 | ナノ
某劇で使った短編。情景描写少なめ、台本小説ぽい。即興劇だったので矛盾があるかも。

安達病院小児科にて。一人の看護婦が、沢山の子供たちに笑顔を蘇らせた女医に次の患者の資料を渡す。その書類は、少しばかりしわが寄っている。
「はい先生、次の患者さんの。」
「ああ、ありがと」
女医はその資料に目を通して、顔を真っ青にした。看護婦が不審げに尋ねる。
「どうかなさったんですか?」
「え、ああ・・・あの、ね。この名字・・・私の、初恋の人かもしれないの。振られちゃったけど・・・あ、あはは・・・。」
「えっ!?それは・・・多分、気のせいですよ!世界は広いですから!」
なんとか看護婦は元気づけようとして、笑顔で振る舞って見せた。女医はひきつった笑みで、そうよねと自分に言い聞かせるように呟いた。
「じゃあ、患者さん連れてきて」
「はい。熊谷さ〜ん!熊谷柚子さーん!」
「はーい」
診察室に入ってきたのは、三人の親子。両親の間でうずうずと身体を揺らしているのは、一人に少女だった。
女医は顔をひきつらせ、看護婦もそれを見て顔を歪めた。女医の初恋の人だったのだ、その少女の父親は。向こうも女医に気付いたのか、気まずそうに目線を下げた。とりあえず女医は病状を尋ね、血液検査をしてはしかだと断定する。かなりの高熱だし、脱水症状も出ている。早急に手を打つべきだ。
「おかあさ〜ん、かゆいよう、かゆいよう・・・!」
少女の皮膚には赤い発疹ができ、無数の蚊に刺されたようだった。哀れに思ったのか、母親が優しい声音で少女に言う。
「我慢しなさい。ちゃーんといいこだったらアイス買ってあげるから」
「本当!?じゃあダブルね!ダブルだよおっきいの!」
「はいはい。」
そう肯いて、両親はアイスを買いに出かけた。点滴に注射、数十分はかかるので終わるころにアイスを買ってきてあげるというのだ。
看護婦が点滴を用意し、少女をベッドに寝かせた。
別室で、女医は薬を用意する。表情をこわばらせる女医に、看護婦が遠慮がちな声で尋ねた。
「あの、もしかして父親の方が・・・?」
「そう、そうよ!まさか子供がいたなんて!あああああ・・・私はどうしたらいいの!?あの人にそっくりなのよ!あの人の子供なのよ!あの人の女の子供なのよおおおおおお・・・!!」
ひどい取り乱しようで、看護婦は冷や汗を流して女医をなだめた。涙目のまま、女医が子供に注射すべくベッドに戻る。少女は点滴に入っている成分の所為か、すやすやと寝息を立てている。
「ねえ、私・・・どうしたら、いい?だめなのよ、憎いの、憎いの・・・あの人が、あの人の女が、この子供が・・・!!」
女医は看護婦にすがって泣きついた。その手はぶるぶると震えていた。
「殺せば良いんですよ。」
「え・・・?」
「そんなに憎いのなら、殺せば良いんです。ほら、注射器で空気を入れてしまえば、血管が破裂して死にますよ。簡単です。」
看護婦は笑顔で言い放った。女医はその言葉につられるように、手もとの注射器を見つめた。
「殺せば、解決します。」
女医はゆっくりと子供の腕を握った。脈が、とくとくと細い指に伝わってくる。
「さあ。」
よく似た、あの人の子供。あの人の面影。女医は注射器を少女の腕から離し、泣き叫んだ。
「だめよ!ダメっ・・・あの人に似ているの!あの人に・・・殺せない、殺せないわ・・・!」
唆す看護婦を突き飛ばして、かぶりを振る。看護婦はぶつかった時に点滴を倒して、呻いた。
「・・・チッ!なに偽善者ぶってやがんですかあんたは。」
「え?」
「殺せない?はあ?『医者は百人殺して一人前』って言うでしょ?そういえば先月も殺しちゃいましたよね。手遅れでした。人殺しが今さら偽善者ぶるなよクソが!」
「な、なに・・・?」
看護婦は醜く顔を歪めて、憤怒の形相で女医に掴みかかった。
「初恋の人?ふられただああ?アッハハハハそれがなに?あいつは憶えてなかったでも私は憶えてる!あいつになにされたと思う!?孕まされたんだよ子供を!どんなにみじめだったかあんたにわかる?ふられたぐらいで泣きわめくアンタにわかる!?それがない!?は何の冗ッ談んん!?伴侶が出来ました子供が出来ました?幸せです?jふざけんなよ!!!」
看護婦は女医を襟で〆て吹っ飛ばす。女医は咳き込んで、身体をくの字に折った。
「まあいいですよ。先生をそそのかしてやればいいかなーって思ったんですけど、見込み違いでした。私が殺しますから、せいぜい偽善者は心の中で笑ってて下さい。」
看護婦は未だ空気の入った注射器を、子供に向ける。
「だめっ!!」
女医は看護婦を体当たりで飛ばし、注射器を砕いた。
「ん、どうし、たの・・・?」
子供が寝ぼけた眼で女医を見た。女医は慌てて笑顔を浮かべてごまかした。治療薬を何の問題も無く注射し、帰ってきた両親に状態を伝えた。看護婦は頭を打ち付けたまま、動かない。丁度死角になっているので、親子には見えない。
「いいこね。さあ、帰りましょう。」
「うん!」
「あ、先に行っててくれ・・・。」
「?わかったわ。」
「パパ、はやくねー!」
部屋には倒れた看護婦と、女医と父親が残った。
「えと、あの・・・。」
女医は気まずそうに、照れくさそうに目を泳がせた。
「ありがとう。子供を、治してくれて。」
父親はそう言って、背を向けた。女医は泣いた。泣いて、しばらくして診察室を出た。



目のさめた看護婦は、ただ繰り返す。
「白岩松江市12−4ー4白岩松江市12−4ー4白岩松江市12−4ー4白岩松江市12−4ー4

そうして、にやりと笑った。
「あの人の現住所・・・。」
保険証に、書いてあった。あの人の子供の住所。あの人の、家。
「いかなきゃ。」

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -