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今年の桜の開花は遅いな。
ぽつりと呟く九十九屋の表情は、逆光に遮られてよく読み取れなかった。
こうして九十九屋が自ら池袋を離れることは、もう二度とあり得ないほど珍しいことのように思える。もっとも、この男の考えることなどわかりもしないし、わかろうとする気もないけど。臨也は思う。この不毛な関係はいつまで続くのだろう。例えば、こいつともう一度ここを訪れるようなことは果たしてあり得るのだろうか。できることならば、…あり得なければ良いと、臨也は思う。

それほどまでに九十九屋と繋がりを持つということは、臨也にとってひどく恐ろしいことのように思えたのだ。

「なぁ、折原。桜は好きか?」

不意にこちらに向き直って問いかける九十九屋は、その口許さえ歪めてはいるが瞳の奥の色はどろどろと燻っていた、気がした。

「別に。」

するりと前に視線を移動させて素っ気なく、臨也は言葉を落とした。
後ろからその言葉のあとを追うように落ちる息が聞こえたが、臨也は気がつかないふりをした。臆病だと、思った。

唇を噛み締めて、うつむき気味に歩を進める。浮かんでくる感情の名前を、臨也は知らない。

ふと感じた手のひらの温かさに、臨也は進みたがる足を止めて振り返る。眼前に広がったぽつりとした桃色は香りを放つ。甘ったるさに顔をしかめながら桜をつき出す九十九屋を見れば、細められた瞳とつり上げられた口が目に入った。けれど様々なものに阻まれたこの視界では、その表情がどのような意図で、感情で型作られたものかすらわからない。

「…何のつもりだ」

声は絞り出された。驚くくらいかさついていた。
…慣れっこだ。

「プレゼント」

いけしゃあしゃあと放つ九十九屋はこちらを見ずに通りすぎていく。取り残される臨也は、仕方なしに渡された桜に視線を落とした。
桜は手荒く手折られたせいで、ただでさえ少なかった花を失っていた。
とても見られたものではない。少なくとも、花を愛でる人間という種にとって。

九十九屋の背中は、もうすでに小さくなっていた。



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