誰が悪いと | ナノ
「誰かいますか。」
気弱ながらも確信を得ているような口ぶりで、誰かが尋ねた。
どちらさまですか、と訊けるほどの余裕は彼には無かった。
ドアの向こう側から聞こえるでもなく、かといってテレビの画面からでもない。
どこかわからない部屋の中から、遠慮がちな声は響く。
彼はあたりを見回してみるが、なんということはない、気の抜けた独り暮らしの部屋に相応しい、少しばかり散らかった部屋だ。
自分以外には誰もいない筈だし、テレビもパソコンも携帯電話も、心当たりのあるものは皆沈黙を静かに守っていた。
「誰かいますか。」
声は続いた。
男とも女ともつかないような、珍しい中性的な声だった。
「だ、誰だ? 誰かいるのか!?」
近所迷惑にならない程度に――意識したわけではなく声が震えて大きくは出なかっただけだが――彼は訊き返した。
「誰かいますか。」
しかし相変わらずこちらには全くお構いなしに、声は続く。
頭の中に響くというよりは、天から降るような感覚で、気配を消した忍者がその辺に居るような……そんな想像をさせた。
「誰かいますか。」
声は少しだけ苛立ちを含んだようにすら思われた。
実質変わってはいないのだが、不安は考えを悪い方向へと頭をもたげさせる。
彼はこのままでは何か起こるのではないか――いや、そうでないにしてもこれだけしつこく訊いてくるのだ、後十分経とうが三時間経とうが延々と繰り返してくるかもしれない。
それではとてもじゃないが安眠できたものではない。
まずいな、誰か友達を呼ぼうかな……いや、先ずは電話をしてみよう。
嘘だと思われるかもしれないが、この声を聞けば話ぐらいは聞いてくれるかもしれない。
一笑されても、せめて気楽な友人の声でも聞いていないと、不安で押しつぶされそうだ。
彼はそう思い、携帯電話をひったくるようにしてアドレス帳から聞き慣れた声の主を辿る。
「もしも《あ! 良いところに! なあ今日そっちに泊めてくれないか! 一生のお願いだからさ!≫
こちらが用件を告げる前に、友人の荒い息と怯えたような声がそれを妨げた。
「いや、……良いぞ! むしろ大助かりだ! 早く来てくれよ!」
彼は降って湧いてきたような幸運に安堵した。それと同時に、呼び鈴が鳴る。
「おーい、いるかー!」
「誰かいますか。」
彼はドアに駆け寄ろうとして、身を固くした。
「おい、昭歳、いるんだろ? 開けてくれよ!」
「誰かいますか。」
先程まで不定期に聞こえていた声が、友人の声と重なるように響く。
「あれ? いないのか!? 昭歳?」
「誰かいますか。」
いや、答えなくても、ここを開ければそれで良いんだ。
何を躊躇う必要がある?
そう思ったのだが、身体が動かない。
ぱくぱくと息の切れた金魚のように、動く口以外は。
後ろから、視線に縫い付けられているような気がする。
何か目で言っているような気がする。
答えろ、と。
それに答える言葉だけが、この呪縛から逃れる呪文のように思える。
彼はどう答えれば自分にとって最善の策なのか……。
例えば、『いる』と答えればどうなるだろう。
例えば、『いない』と答えればどうなるのだろう。
考えても、どの道明るい未来は浮かんでこない。
『いる』と言えば、誰かと間違えられて殺されるかもしれない。
そんな怪談もある。
『いない』と答えれば、無事……いや、もしかすると嘘吐きだと思われて逆に酷い目に遭うかもしれない。
どうすればいい? どうすれば…………!?

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