二 | ナノ
病室に戻る。
ここは個室だからなのか何なのか、合い部屋や廊下よりかは幾分病院臭くない。
結構高い個室らしい。まあ超人気アイドルじゃあセキュリティのちゃんとした個室でないとな。
「じゃあ、俺は帰るから。」
此処に長居をしても迷惑だ。
「え、もうちょっといてよ。お願い、病院なんてつまんないのよ!」
―――俺が。
そして、お互いに。
俺がいたから、如何だというのだ。
クラスメイトのように笑うことも興味をそそる様な話題も持ち併せていないのに。
「じゃあ、今度本を買ってくるよ。何が良い。」
「それは嬉しいけど、今はここにいてよ。用事が無いなら、ね?」
彼女は両の手を殆ど存在しない胸の前で組みうるうると瞳を潤ませている。
・・・はあ。
「・・・わかったよ。」
諦めて近くの小さいパイプ椅子を引き寄せる。
面倒臭いけど、仕方が無いか。
なんだかんだいって、一応はこいつに助けられた事もあったもんな。
恩ってものは必ず返すんだって、なにかの本で読んだ。
そういえば、社会でやった『ご恩と奉公』だって、最後は恩を返せなかったから滅茶苦茶になったんじゃないか。
やはり、恩は返しておくべきだ。
それに・・・彼女はもうすぐ死ぬ人間だ。
そういうのは余り信じてはいないが、根に持たれて祟られても困る。

座ると、ひやりと金属の部分が冷たい。
服の上からだというのに、俺の身体を冷えた感覚が蝕む。
・・・病院内とはいえ、少し寒い。
身が寒いと訴えるように震える。
「あ、ごめん寒い? これありがとう。暖房つけるね。」
ああそうだ、俺の上着。
上着を再び羽織ると、幾分かマシになった。
多分彼女の体温の所為ではないだろう。
暖房器具が釦を押され働き始める。
彼女のために。
「ねえ、未来、たーちゃんはなにになりたい?」
彼女にとって無意味な問いかけが、空しく個室に響く。
空気を伝って、間接的に俺の耳へ。
「・・・そんな理想(もん)、俺が持っているとでも思うのか?
君が一番知っているだろうに。」
俺がそう返すと彼女は悲しそうな、悔しそうな表情で俺を見る。
「でも・・・夢を持っちゃいけない人間なんていないんだよ。
なんでも良いから、ない?」
「・・・・・・。」
なんでも、ねえ・・・ああ、この場を凌ぐには適当なものがあった。
「強いて挙げるなら・・・人形劇の操り師かな。」
「えっ、あのお人形さんの!?」
彼女は大いに驚いたような、しかし嬉しそうに表情を一転させる。
「そうよね、たーちゃん人形劇のボランティアやってたもんね!
しかもかなり子供に人気だし、面白いし!
うん、いいよそれ!
ねえ、今度見せてよ、人形劇!」
「・・・ああ。」
「やったあ! ありがとうっ!あ、そうだ、もうすぐ仮退院できそうなの、学校にもいけるかな!」
「・・・・・・。」
「今度いつやるの!?」
「ああ・・・二週間後、二十九日の午後一時から。」
彼女は正に今から遊園地に向かう子供のようにはしゃいでいる。
・・・なんで、他人のことでそんな反応ができるんだろう。
俺の人形劇が如何であろうと全くお前とは関係が無いのに。
・・・俺は感情が無い。
今まで悲しいとか楽しいとか、ましてや誰かを愛すなんて経験すらない。
物心付いた時から、多分そうだったと思う。
だから、誰かの心情なんて全く理解が出来ない。
ただ、本で読んだりこいつが教えてきたことで知識としてあるだけだ。
でも、それで特に問題は無い。
ある程度の心の変化さえ掴めれば、後の対応は大概如何にでもなる。
顔色を伺って当たり障りの無い事を言ってさえいれば、そう揉め事も頻繁に起こることも無い。
そう、顔色を伺っていれば―――いや、理解が出来ない。
なんで怒るんだろう、あの方は。
「・・・ねえ、聞いてる? ていうか、顔色悪いよ・・・看護婦さん、呼ぼっか?」@
「え、・・・ああ、大丈夫だ。」
何時の間にか考えに耽っていたらしい。
悪いことをした。
「うわ・・・。」
手にじっとりと嫌な汗が滲んでいる。
周りの空気にさらされ、余計に冷たい。
「ちょっと手と顔を洗ってくる・・・。」
「うん・・・。」
顔を洗えば、少しは気分転換になるだろう。
そう思いトイレに向かった。



「・・・・・・。」
大分すっきりした。
冬には冷たすぎるが、まああいつの部屋なら暖房も効いているし、良いだろう。
「・・・ああ。」
ドカッ ゴッ
鏡に顔が映ったのを認識すると同時に、視界が揺れる。
「う、って・・・痛っ・・・。」
「大丈夫ですか!? どうされたんです!?」
鞄を持った男が俺の顔を覗くように、視界の六割を占めながら声をかけてくる。
男にしては柔らかそうな茶色の髪と、テレビでも見たことのないような奇麗な顔。
灰色のスーツに眼鏡をかけている・・・サラリーマンか何かだろうか。
関係無いけど。
血が僅かな隙間を探し、口端から外へ出ようとして・・・成功する。
俺の血が病院の廊下を穢す。
頭を打った。
口も切ったみたいだ。
痛い。
「あ、いえ・・・大丈夫ですから。お騒がせしました。」
「頭から血が出てるじゃないか! 
消毒をした方が良いよ。
もう私の仕事は終わった。
診察料は気にしなくていいよ。・・・立てるかね?」
男・・・医師かな、今の発言からして。
まあ、ただで手当てをしてくれると言うなら、甘えさせて頂こう。
「立てます。・・・ありがとうございます。」
「うん、こっちだ。」

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