「全く、やってられるか!!!」

ドン、と大きな音を立てて卓を叩きつけると、チッ、と唾を吐き捨て、椅子や机の脚を蹴飛ばしながら男は立ち去っていく。

何も知らずに隣と笑い合っているサラリーマンと肩がぶつかると、男は荒々しく唸った。哀れなサラリーマン達はひぃ、と悲鳴を上げて腰を抜かしてしまったようだ。

男達の姿が小さくなり、耳障りな足音が遠のいていくと、やがて緊張の糸が切れたように、ふぅ、と青年は重い息を吐き出した。

きちっと切りそろえた前髪と、崩す事を知らないネクタイが印象的な青年―本部長は、苦虫を噛み潰したような渋い顔で、やれやれ、と呟く。

「こういう事、いつも覚悟の上でここに座ってるんですけど、ね…」

どうも慣れなくて、そう言いながら、麻雀牌の散らばった見慣れた卓を見つめ、溜め息が漏れる。

(勝利の美酒なんて、)

頬をひくつかせながら自嘲気味に本部長は吐き捨てた。
勝利というのは、もっと満ち足りていて、後味が良いものではないのだろうか。未だかつて本部長は勝利の延長に酔いしれる愉悦を味わってはいない。後味の悪さを誤魔化す安い酒の味しか知らないのだ。

こんな気分を幾度と無く感じている内に、勝負を受ける事自体に鬱な感情を催すようになってしまった。

本部長をここまで追い詰める物、それは他でもない、案件の争奪だ。机上の論争で解決しないのならば、卓上の勝負で解決する。それが、我が社共生のやり方である。

賭けている物が賭けている物である以上、負けた方の心境は堪った物ではないというのは、経験せずとも分かっている。しかしそれでも、浴びせられる罵倒の理不尽さというのは何度経験しても理解に苦しい。

自分が溜め息をつこうと思った矢先に、それは隣から聞こえてきた。

「どうしてもっと潔く負けないかねえ…」

リーゼントの青年は、僅かに怒りを孕んでいるように思えた。呆れ半分、憎しみ半分、と言った所か。不快そうに靴を二三度鳴らすと、「男なら散り際は美しくなけりゃな」と呟いた。

暫くの間本部長はその言葉を聞き流していたが、やがて反芻して心に蟠りを残し、何かがつっかえたような、妙な憤りを覚えた。

「…もし負けたのが隼さんだったら、同じ事したんじゃないか、って、僕は思うんですけどね」

勢いに任せて皮肉っぽく本部長は言うと、予想通り隼は噛み付いて来る。

「そんな訳ねぇだろ、子供じゃあるまいし」

普段なら笑って聞き流すこんな言葉さえも、妙に腹立たしい。

「どうだか、隼さんはまだ子供っぽいじゃないですか…」

「子供じゃねぇ」

「ほら、そういう所が幼いんですよ」

「…」

どちらともなく、不快な感情が込み上げてきた。

無言になってしまった隼をよそに、何をやっているんだか、と本部長は自己嫌悪に陥った。争いは争いしか呼ばない―…先人の言葉の意味は案外こんな場で理解するものだ。
こんな気持ちのままでは、明日の仕事の能率の悪さが目に浮かんでくる。

一瞬謝ろうかとも考えたが、どうもそんな気持ちにはなれず、気持ちのほとぼりが冷めるのを待とうと徐に目を伏せた。

何処かで笑い声が、遠くの方で怒鳴り声が、後ろの席で焦る声が聞こえる。視覚が無い分、聴覚が鋭敏になるような感覚を本部長は感じ始めていた。

すると近くで、パシ、と牌が打たれる音が耳に入ってくる。

「?」

静寂を取り戻した筈の卓に響いた生きた音が気になって、そろりと瞼を開けて見ると、そこには異様な光景が広がっていた。

一枚の一索が沢山の索子に囲まれている。見れば、それは先程緑一色でアガった隼の手牌から取ったもののようだった。

「…何してるんですか?隼さん…」

「生け採り」

そう隼はつまらなそうに呟いた。

「いけどり?」

言われた意味が分からず、ぼんやりとした目つきで牌を眺めている隼を横目で一瞥した後、牌が散乱した卓上を見つめた。

…ああ、

(…成る程)

索子を檻か何かに例えて、一索…孔雀を囲んで捕らえている訳か。

ふんふん、と肯定の合図を打っている間に、バタリ、と隼が卓に突っ伏す音が聞こえた。ぎょっとして慌ててその音源を辿る。

呼吸から察するに、どうやら体調が悪い訳ではないらしい。

本部長はふぅ、と安堵の息をついた。やがて隼は今までとは打って変わって間の抜けた声で、大きな独り言を漏らした。

「あー腹へった…今なら鳳凰だろうが孔雀だろうが煮込んで食っちまえそうだ…」

あんまりにも真面目な顔でそんな事を言うものだから、

「ぷっ」

本部長は思わず吹き出してしまった。

そのまま、けらけらと笑いが止まらなくなる。

後ろの卓を囲んでいる人らが気味悪がって此方を見たのも気にせずに笑った。流石の隼も、重い上体を起こしたようだ。

「何がそんなに可笑しいんだ?」

「だって、あははははは!」

初めは怪訝そうな顔をしていた隼も、屈託無く笑っているのを肌で理解したのだろう、頬が僅かに緩んだ。

「麻雀牌見ながらそんな事いう人、初めてみましたよ…!」

「うるせえ、腹が減ってれば何だって食えそうに見えてくるだろ…!」

「罰当たりだし、それ以前に不味そうですよ」

その言葉に、隼も破顔する。

二人で笑い合っている内に、先程の嫌な感情は何処かへ飛んで行ってしまったようだ。

やっぱり後ろの卓についている四人が不気味がって此方を見てきたが、気にしない。

ようやく笑いも収まってきた所で、本部長はにっ、と微笑んだ。そうして、飛びっきり明るい声で話し掛けた。

「そういえば、何が食べたいんですか、隼さん?」

虚を突かれたようで隼は間抜けな顔になり、えっと発声した後にしどろもどろに続ける。

「ラーメンとか…炒飯とか」

「ふふ、じゃあ今日は僕がラーメン奢ってあげますよ」

「えっ、ホントかよ!?」

途端に目を輝かせた隼に、はい、と返事をすると、無邪気に喜び始めた。ほらやっぱり、隼さんは子供みたいじゃないですか、先刻とは全く違う気持ちでそんな事を思いながら、手荷物を纏める。
チー、と音を鳴らしてチャックを閉め、革靴の爪先を合わせた。

「じゃあ、いきましょうか」

清々しい心持ちで賑やかな雀荘を歩幅を合わせながら歩いて出口まで来ると、あっ、と本部長は声を上げた。

「…何だよ、忘れ物か?」

「すぐ戻って来るんで隼さん先に出てください!」

そう言って本部長はまた喧騒の中に消えて行った。







(数分後、周りの牌が全て倒れて平伏したその中央に、一匹の孔雀が誇らしげに立っていた)







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目がチカチカしたら申し訳ありません…!!一度背景色付きのをやってみたかったので満足です。

本部長と隼の会話の内容を想像するだけでほんわかしちゃいますよね!



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