池袋の夜というのは非日常がそこら中に転がっている。それは怪しい薬の売買であったり、輝かしい芸能界のスカウトだったり。大袈裟に言えば、良くも悪くも人生が左右されることがあり得るのだ。今の生活に満足していなければ、甘い誘いに心が揺れるのは仕方ないし、俺はそんな人間を愛している。

そして俺は今、その池袋に居る。仕事の為でも趣味の人間観察の為でもない。シズちゃんとの待ち合わせで。
西口公園の噴水をぼんやりと見つめながらシズちゃんを待つ。東口は人も多いし、俺もシズちゃんも何かと有名人だから好奇の目を向けられる。シズちゃんはそれがうざいらしく、自然と西口で会う方が多くなった。

「臨也!」
「あ、シズちゃん!仕事お疲れさまー」

俺の姿を見つけて駆け寄って来るシズちゃんは少しだけ呼吸が乱れていた。シズちゃんのことだから全力で走ってきたんだろうなあ。

「悪い。仕事がちっと長引いた」
「大丈夫大丈夫。寛大な臨也くんはシズちゃんの遅刻だって許しちゃうからね。感謝するといいよ」
「あー…、分かったから。ほら、行くぞ」

軽くあしらわれた気もするけど、差し出されたその手を見たらどうでもよくなった。シズちゃんの手を握って歩き出す。
成人済みの男二人が手を繋いで歩いているというのに、人々は自分のことに精一杯で俺等のことなんて見てやしない。全く好都合だ。

「シズちゃん、ご飯食べた?」
「いや、食ってねえ。腹減ったから何か食おうぜ。何がいい?」
「んー、そうだねえ……」

俺のイメージには合わないけど、寒いしラーメンもいいなあ。でもやっぱり大トロも捨てがたいし……。あ、寿司だとシズちゃんの財布が寂しいことになっちゃうか。まあ俺が奢ればいいかな。

「よし、シズちゃん!今日は寿司に――……」
「お兄さん、こんばんはー!」

寿司にしようか、という俺の言葉を遮るようにして、見知らぬ男が目の前に立ちはだかった。

「は?誰、アンタ」
「手前、邪魔だ。今すぐどかねえとどうなるか分かってるよなあ?」
「まあまあ、そう言わず。アナタ、羽島幽平のお兄さんですよねえ」

街灯に照され、男の安っぽい営業スマイルが目に入る。続いてシズちゃんのひきつった笑顔が視界に入った。シズちゃんはその手の話題を振られるのが嫌いだ。
あーあ、この人可哀想に。馬鹿だなあ。
なんて思ってたら、目の前の男はとんでもないことを言い出した。

「お兄さん、あっち系の仕事興味ありませんか?」
「あぁ?あっち系ってどっちだよ。ハッキリ言え。うぜえな」
「だーかーらぁ、AVですよ。AV男優。羽島幽平の兄のAVってだけで売れると思いますけどねえ。お兄さんの身体、細いのに引き締まってて、向いてると思うなあ」
「はあ?」
「お兄さん、結構モテるでしょ?でもなんか初々しくて可愛いよね。年上の熟女とか相手にしてみません?」

まるで俺が居ないかのように話を進めていく男。まさか、シズちゃんがAV男優にスカウトされるとはね。あはは、予想外。人間って面白いね、うん、本当に面白い。
俺はフードを深く被ってその場から離れた。離れていくシズちゃんの体温が切ない。

「臨也!?くそっ、手前、今度俺と臨也の目の前に現れたら殺す!」
「え、あっ、ちょっとお兄さん!」
「……ちっ、邪魔だ、どけ!」

後ろでシズちゃんと男が揉めている声が聞こえる……が、俺はスタスタと足を進めた。
ぐるぐると様々な思考が頭の中を駆け巡る。ネガティブで、ドロドロとしていて、酷く歪んだ気持ち。シズちゃんがAV男優で、もし女の人と、と考えたら嫉妬で狂ってしまいそうだった。
鼻な奥がツンと痛い。それが寒さのせいではないと分かっている。視界まで涙の膜で滲み始め、ゴシゴシと目を擦っていたらその手首をシズちゃんに掴まれた。

「臨也……!」
「やっ、来ないで」
「っ、な、何泣いてんだ、手前!」

シズちゃんの慌てた声。
気付いたら涙がぽろぽろと零れてしまって、シズちゃんが見ているというのに一度弛んだ涙腺を元に戻すのは困難だった。

「知らないよ!勝手に出てくるんだから!シズちゃんがいけないんだ……!バカ、シズちゃんのバカ!」
「あ?」
「……っ、シズちゃんがあんなのにスカウトされるから、俺……ッ、シズちゃんにはやっぱり女の人がいいのか、とか、思っちゃうじゃないか!」
「……は?何言ってんだ、手前」

シズちゃんの溜め息混じりの言葉が聞こえて、呆れられたかもしれない、そう判断した俺の瞳からは更に涙が溢れた。

「ばかか、手前。俺は臨也がいいんだよ」
「……え?」
「臨也以外を抱く予定はこの先 未来永劫ねえ。覚えとけ」
「シズちゃん……っ」

ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように頭を撫でられる。
シズちゃんの一言で涙もぴたりと止まった。俺の涙腺もゲンキンな奴め。

「行くぞ。腹減って死にそうだ」

再び差し出された大きな手。その手を強く握ると、自然と笑みが零れた。

「何が可笑しいんだよ?」

俺が笑っているのに気付いたシズちゃんが不思議そうに俺を見つめる。
シズちゃんには分からないかもしれないなあ。人間を愛する俺だから分かることだもん。
人間はね、今の生活に満足してないと甘い誘惑に飲み込まれちゃうんだよ。

つまり、こういうことでしょ?

「シズちゃんは俺に満足してるって訳だ」

更に笑みを深めながら言うと、シズちゃんは一瞬きょとんと目を丸くしたけど直ぐに俺と同じように笑ってみせた。

「何言ってやがる、ばーか。んなの今更だろ。手前はどうなんだよ?」
「あははっ、決まってるじゃないか!俺はシズちゃんが恋人で大満足!」


俺は甘い言葉を口にすると共に、シズちゃんの唇にキスを送る。
シズちゃんの唇は、誘惑よりも何よりも、甘く感じた。


























20101214
大変遅くなってしまい申し訳ございません……!
しずおがAV男優とかすごく、ムラムラします。それに嫉妬する臨也というシチュエーションもわたし好みで、楽しく書かせて頂きました!リクエストありがとうございました!




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -