多分、学校行事で一番憂鬱に思われているであるだろうマラソン大会。今日はそのマラソン大会当日。
天気は忌々しい程の青空。しかし寒々しい空気の中、太陽の光だけが唯一の救いだ。今はジャージを着ているが、走る時は半袖の体育着にならないといけねえからな。
走るのは別に嫌いではないが、好きという訳でもない。正直めんどくせえ。それに全校生徒が集まる行事は苦手だ。俺の噂は他の学年にも広まっていて、遠くから好奇の目で見られる。俺はそれが気に食わねえ。

「あ、シズちゃんだ、おっはよー。シズちゃんってマラソン得意そうだよね。何も考えないでただ走るだけとか、単細胞のシズちゃんにぴったり!」
「手前、ノミ蟲……!朝からうぜえんだよ!」

苛々している時に、更にノミ蟲の登場ときた。俺の怒りのボルテージは徐々に上がり始めている。
一発ぶん殴ってやろうとしたが、

「二年の男子、スタートするから位置に着けー!」

その前に体育教師の声がグラウンドに響いた。

「ほら、スタートだって」
「言われなくても分かってる」
「あっ、そうだ、シズちゃん。……勝負しよっか」
「あ?」
「先にゴールした方が勝ち。シンプルだろう?ただ走るのはつまらないからね。デメリットしかないこのマラソン大会に、シズちゃんに勝っていい気分を味わえるというメリットの可能性があるんだ。断然その方が楽しい」

女子のように手が隠れるほど伸ばしたジャージの袖を唇に当てながらやけに楽しげに笑う臨也。俺の答えも聞かずに臨也はさっさと先に行ってしまった。
勝負、か。まああいつに勝ってひれ伏せさせんのも悪くねえかもしんねえ。
ジャージを脱ぎ、冷たい空気に身震いしながら俺もスタート位置に着いた。





スタートしてから20分。段々と息も切れてきたが、景色が変わる分 体育の授業の外周よりも断然楽だった。寒さも吹っ飛び今は暑いくらいだ。
臨也は今どこを走っているのだろうか。いつもの逃げ足から考えて走りはそこそこ速い筈だから、多分俺よりも先を走っていると思う。
ちょっとペース上げっか。
そういや誰かを意識して走ったことなんてなかった。少しだけ、楽しい、とか。


「………あー…くそっ」


走ってる間もノミ蟲のことを考えている自分に言い様もない苛立ちを感じ舌打ちを漏らす。
近くを走っていた生徒が「ひっ」と小さく息を呑んだのに気付き、気まずくなった俺はその場から逃げるように足を速めた。

更に5分後、目の前に新羅と門田が走っているのを視界に捕らえた。

「よぉ」
「はあっ、はあ、やぁ、し、ずお、くん…っ」
「おう、静雄か」

門田はまだ余裕そうだが、新羅はへろへろと走っていて辛そうだ。確かに新羅は体力がなさそうだけどな。

「そういや臨也、見なかったか?」
「臨也ならもうちょい先に居ると思うぜ」
「ほんと、だったん、だ?はあっ、臨也が、君と勝負してるんだっ、て、はあ、言ってた、けど…っ…」
「まぁな。っつかもう手前喋んな。はあはあうるせえ」
「ひどい、よ、しずお…はあっ、くん、……ああっ、もうくるしい、無理、足がぱんぱんだよ、セルティにマッサージして貰わなきゃ……っ、セルティー!」
「……大丈夫か、こいつ」
「岸谷が危なそうだったら俺が何とかすっから、静雄は先行け」

正直今の新羅を見ていると完走出来なさそうだが、門田が一緒なら何とかなるだろ。
更に門田は続けて口を開いた。

「……臨也も様子がおかしかったんだよな。足を引きずってるように見えたからよ、心配なんだ」
「……へえ…、まあノミ蟲のことなんざ俺の知ったこっちゃねえけどな」

門田が何か言いたげだったが、その前にひらりと手を振って新羅と門田と別れた。ったく門田は臨也に甘過ぎんだよ。


(っつか足引きずってるって、あいつ怪我したのか……?)


自然と走る速度が上がる。別に、臨也が心配な訳じゃねえ。そんなんじゃねえ。
そんなんじゃ、ねえ。



数分後、黒髪を揺らしながら走っている生徒を見付けた。
あれは間違いねえ、臨也だ。

「はっ、追い付いたぜ、いーざーやーくーん?」
「う、わ、シズちゃん。あーあ、追い付かれちゃったか……」

走りながら臨也は苦し気に表情を歪めた。その足元に目をやると、確かに足を引きずっているように見える。

「手前、足どうした」

俺がそう聞くと、臨也は困ったように笑った。

「靴、新しいの履いてきちゃって……」
「は?馬鹿じゃねえのか、靴擦れしたのかよ」
「うるさいなあ、無意識に履いてきちゃったんだよ!靴擦れ気にしながら走ってたら足捻るし……もう最悪。ほら、シズちゃん先行きなよ。俺に勝てて嬉しいだろう?」

ひょこひょこと足を庇いながら、俺から目を逸らしてシッシと追い払うような仕草をする臨也。
俺はそんな臨也の促しを無視して臨也の前に回り込み背を向けてその場にしゃがみこんだ。

「……何のつもりかな、シズちゃん」
「背中、乗れ。ゴールまでおぶってやる」
「はあ!?冗談だろ!?シズちゃんが俺をおんぶだって?あり得ない!」
「ぐちぐちうるせえな。いいから乗れ!」
「わっ、ちょっ……」

臨也の腕を引っ張って無理矢理背に臨也を乗せる。
何つーか、驚くほど軽い。前に投げ出された臨也の足は毛なんか生えてなくて、病気なんじゃねえかと思うほど細い。手で支えている尻の辺りはふにふにと柔らかかった。

「何でこんな……」

後ろから戸惑ったような臨也の声が聞こえた。予想以上にその声は近く、マラソンで少し乱れた吐息さえも感じ取れる。

「んなの俺だって知らねえよ……。何で手前のこと助けなきゃなんねえんだ」
「ほんっと、君ってお人好しだよねえ。っていうかこれって反則なんじゃないの?体育の成績減点されちゃうでしょ」
「俺と手前に文句言える奴なんて居ねえだろ」
「あははっ、確かに!」

すっかり抵抗をなくした臨也は、俺の首に細くて白い腕を回してぎゅうっと抱き着くようにしてしがみついている。
首筋に当たる臨也の髪。冬の落ち葉の香りに混じって、シャンプーの匂いが鼻腔を擽った。


(……心臓が、うるせえ)


鼓動が速いのは、体温が高まっていくのは、走っていたせい。
決して臨也を意識している訳じゃ、ない…………と、思う。





























20101130
来神か現代の馴れ初め、ということで来神時代の馴れ初め話を書かせて頂きました!馴れ初め話はわたしも大好きなので書いていてとても楽しかったです^//^大変遅くなってしまい、申し訳ございません。匿名様、リクエスト本当にありがとうございます!


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