(新撰組×遊女)





隔離された楽園、と呼ばれる吉原遊廓。
沢山の輩が快楽を求めて通うここに、俺と数人の隊士は捜査の為に来ていた。浪士が出入りしているという情報を耳にしたのだ。
隊務の時に着るいつもの浅葱色の羽織りは今回 出番はない。自分達が新撰組であることをバレないように、そこらの遊客と同じように振る舞う。
初めて訪れた吉原は、一言で言えば別世界だった。町娘とは違う、きらびやかな着物を身に纏い、そこら中で男に媚びを売る甘い声が聞こえる。
まるで人形のようだ、と遊女達を見て思った。

「静雄さん、情報によるとあの遊女屋に入り浸ってるということです」

隊士の言葉に静かに頷く。暫くここで見張っていよう、と指示を出そうと口を開いた……、が、声が出なかった。

店の二階。窓から外を見ている遊女。偶然その女を視界に捕らえた俺は、言葉を失った。その美しさに。
風になびく髪は簪も何も付けておらず、逆に飾り気のない黒髪が絹糸のようで綺麗だった。着物から覗く首筋は細く、肌は驚くほど白い。何より、外を見つめるその瞳の儚さは見ているこっちが泣きたくなる程だった。
吉原の遊女は一生外に出られないと聞いている。あの女も、外界に夢を見ているのだろうか。



「……さん、静雄さん?どうしました?」

ハッ、と我に返る。

「あー…、すまねえ。ちょっと考え事してた。とりあえずここで待機だ」
「分かりました!」

その後、俺は裏口に回って見張りをしていたから、あの女を見たのはほんの一瞬だけだ。
……一瞬だけなのに、頓所に戻っても忘れることが出来なかった。瞼の裏に、脳裏に、一瞬にして焼き付いてしまった。


結局、その後の調べで重要人物の浪士が吉原を出入りしているという情報はデマだということが分かり、この隊務は一段落ついた。
もう吉原に用はない。
だけど、今 俺の足はそこに向かっていた。隊士に巡回してくると言い訳までして、俺は夜の街を歩く。

もう一度、あの女に会う為に。





あの女が自分の目の前に居るというのは、何だか夢のようで現実味に欠けていた。いや、現実ではないと脳が否定したかったのかもしれない。

「折原臨也でありんす。ゆっくりしていきなんし」

その声は確かに澄んでいて綺麗だった。
だけど、女にしては低い。
その顔立ちも、身体も、女のそれとは違かった。
近くでそいつを見て、初めて気付いたのだ。

「手前、男だったのか……?」
「そうだけど」

俺の問いかけにあっさりと肯定を示す遊女……の恰好をした男。しかも随分口調が砕けている。

「いや、でもここ遊廓だろ?何で男が……」
「あれ?君、男色家じゃないの?てっきり俺が男だと分かった上でのご指名かと思ったよ。君の問いに答えるならば……俺は特別だからここにいる」
「は?」
「まあ、いいじゃないか。楽しもうよ、新撰組の平和島静雄さん?」

今日も隊服ではなく着流しでここに来ている。勿論、俺が新撰組だということはこいつに教えていない。

「手前、何でそれを知ってんだ?」
「ここの情報網を嘗めちゃだめだよ。ああ、でも誰かに言いふらすなんてことはしないから。ただ、一つお願いがあるんだけど」

人差し指を唇に宛てて告げる男(名前は臨也、と言ったか)に、何を強要されるのかと身構える。
だけど、こいつが頼んできたのは拍子抜けするようなことだった。

「外のことを教えてくれない?俺、ここから出られないからさ。話だけでも聞きたいんだ」

そう、無邪気に笑いながら言うものだから、断る術が見つからなかった。



それから俺は仕事の合間を見つけては臨也の元に通った。普通ならば三度目の登楼で枕を交わすことが出来る。だけど俺と臨也の間に色っぽいことは何一つなかった。……なかったが、俺の方はどんどんと臨也に惹かれていった。
シズちゃん、と妙なあだ名で俺を呼ぶ声は無邪気で。
俺が町であったことを話すのを聞いている時の、くるくると変わる表情は可愛らしいと思ったし、ちらりと覗いて見える白いうなじや胸元に欲情していなかったと言えば嘘になる。
それでも、臨也と俺はあくまで遊女と客という立場だ。
他の客と同じように扱われる位ならば、臨也の身体よりも心の方が欲しかった。何より、臨也と話している時間は何をしている時よりも楽しかった。
俺が外界の話を聞かせてやる。臨也がそれを聞いて喜ぶ。

その関係で満足していた。


この日までは。





「やあ、シズちゃん」

何度目かの登楼。
臨也はいつも通りの口調で出迎えてくれた。だけどその様子はどこかおかしかった。例えるなら、子供が悪戯をして、それが親にバレないかと様子を伺っているような、そんな感じだった。

「臨也?どうかしたのか?」

俺の問いかけに、臨也の肩がビクッと揺れた。そのまま臨也の元に歩み寄ると、

「……やっ、来ないで!」

拒絶、された。

「……臨也」
「あっ、や、違……っ、ごめん、今日は、ダメなんだ……」

俺と目も合わせようとしない。嫌な予感がする。

「意味が分からねえよ!おい!こっち向け!」
「やだってば!」

こんなことは初めてで、俺も動揺していた。拒絶を露にする臨也の腕をぐいっと引っ張る。その首筋に目が止った。

「お前、その痕……」

臨也の白い首筋に赤い痕がついていた。それは情事の証。

「だから嫌だって言ったのに……!」

臨也は俺の手を無理矢理振り払い、自分の身体を抱き締めるようにして小さく震えている。

「臨也…、」
「君も忘れてただろうけど、俺は遊女なんだよ……、親に性別を偽ってまでここに売られて、物好きな楼主に買われて……っ、客と枕を交わすことだってある……、でも……、でも、シズちゃんにだけはっ、汚れた俺を見て欲しくなかった……!」
「……っ」

ぽつり、ぽつり、と小さく紡がれた言葉は、悲痛に叫んでいるように聞こえて仕方がなかった。

もう、見ていられない。
臨也をここから出して助けたい気持ちと、俺だけのものにしたい気持ち。
その思いが溢れ、臨也の身体を抱き締めた。

「臨也……、ここから出よう」
「…………え、」
「ここから出て、俺と暮らそう……、いや……暮らしてくれ、俺だけのものにしてえんだ」
「シズちゃん……」


「臨也が、好きだ」





翌日。
吉原から抜け出す為に持ってきた男物の着流しを臨也に貸し、それを着させた。
目立たないような、黒い着流しだ。きらびやかな着物も似合ってたが、着流し姿も似合っていた。

「じゃあ、行くか」
「ん」

臨也が短く返事をし、頷いたのを確認する。

他の遊女や禿の目を盗んで遊女屋から抜け出すのは手こずったが、何とか裏口から出ることが出来た。
そこからはもう簡単だ。笠を深く被り、吉原を堪能している他の男達に紛れて大門へと向かう。あまり怪しまれないようにと離れて歩いた。
ふと後ろをを歩く臨也を見遣ると、心なしか震えているように見える。
臨也はここから出るのは初めてだろう。初めての外界と、脱走に気付かれたら、という不安でいっぱいの筈だ。今すぐ手を繋いでやりたいのをぐっと我慢し、拳を握り締めた。

本当にあっさりと大門を潜り、遠くの方で吉原の灯りが見えるだけのところまで歩いてきた。

「ここまで来ればもう平気だな」
「そうだね……」

吉原という鳥籠から出られたというのに、臨也の表情は晴れない。

「ねえ、シズちゃん」
「何だよ?」

臨也は俺の着流しをきゅっと掴み、今にも泣き出しそうな表情で俺を見上げて言った。

「ほんとに良かったの?後悔してない?シズちゃん、新撰組はどうするつもり?俺が吉原から抜け出したことがバレたら、シズちゃんにも被害が出るかもしれないんだよ……?」

確かに、もう新撰組に戻るつもりはなかった。
背徳感がないと言ったら嘘になる。

それでも、俺は、

「臨也が居ればいい。手前と生きていくって決めたんだよ」
「シズちゃん……、ごめんね、」

好きだよ、
と呟き、臨也が俺の手に指を絡める。
その手をしっかりと握り締め、俺達はその場を後にした。
もう二度と戻ってくることはないだろう。

一度だけ、臨也は吉原の方を振り返った。

























20101101
素敵企画サイト様、「郭の蝶蝶」に提出させて頂きました!妄想広がる企画をありがとうございます^///^


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