(※静雄視点)
校門には「来神学園文化祭」の看板、昇降口や廊下には「2-A焼きそば!中庭にて!」などという客引きの貼り紙。
そう、今日は文化祭当日だ。
学校の装飾とは裏腹に、俺のクラスは動揺と不安で溢れていた。
今さっき登校したばかりの俺は状況が掴めず、とりあえず新羅の姿を見つけて話し掛けた。
「何かあったのか?」
「おはよう、静雄。いやあ、参ったね。青天霹靂。シンデレラ役の子がインフルエンザだってさ」
「まじか……」
「代役なんて誰も出来ないだろうねえ。もう時間もあんまりないし今から台詞を覚えるのもカンペを作るのも厳しいよ」
確かにシンデレラ役は台詞も多いし、王子役の門田とのやり取りも練習なしでは無理だろう。
「…………あ」
門田とのやり取り
で、ピンと来た。一人、居るじゃねえか。門田の練習に付き合い、演技も出来そうな奴が。
「静雄?どうしたんだい?」
「臨也」
「臨也?」
「おい、臨也!手前がやれ!」
椅子に座って他人事のようにその場を見守っていた臨也に向かって声を上げる。
「……え?」
臨也は目を丸くし、教室はざわっとどよめいた。一気に臨也に注目が集まる。
「手前、門田と練習してたんだろ?なら出来るだろうが。衣装のサイズも手前なら入る筈だ」
「ちょっと!本気で言ってんの?」
焦りの色を滲み始める臨也と、期待の眼差しで臨也を見詰めるクラスメート。
臨也は救いを求めて門田を見遣るが、いつもは臨也の肩を持つ門田も今回ばかりはそうする訳にはいかなかった。
「すまない、臨也…それしか手はないみたいだ。頼む」
「ドタチンまで……」
絶望しきった目で門田を見つめていた臨也は、軈て諦めたように溜め息を吐き椅子から腰を上げた。
「ああ、もう、分かったよ!やればいいんだろ?俺の優秀な頭に感謝するんだね。……ただし、俺はそんなに安くないからね。3-Aのクレープと1-Cのたこ焼き型シュークリームで手を打つよ」
ちなみにこの二クラスは長蛇の列が予想されているクラスだ。
やっぱりタダでは動かねえか。
公開が始まったら全力で買いに行こうと決めた時、
『あと10分で開会式を始めます。まだ教室に残っている生徒は体育館に集合して下さい。繰り返します――……』
開会式の案内のアナウンスが流れた。
◆
開会式が終わり、舞台発表はこのまま演舞に移る為、舞台裏はバタバタと忙しなくなった。
「じゃあ頑張るんだよ、臨也。期待してるからね」
「くそ、他人事だと思って……」
「他人事だからね。いやあ、でもなかなか似合ってるじゃないか。その衣装も。まあセルティの美しさには敵わないけど」
新羅に習って俺も臨也に何か声を掛けてやろうかと思ったが、門田に先を越された。
「臨也、ここに居たのか」
「あっ、ドタチーン!あははっ、王子様の衣装似合ってるね!」
「本当にそう思ってんなら笑うなよ。それより最後に台詞の確認をしたいんだが」
「うん?どこの台詞?」
そのまま臨也は門田に連れられて行ってしまった。
「……チッ」
門田に悪気はないと分かっているが、自然と舌打ちが漏れる。
舞台裏に居ても役目はないだろうし、俺は体育館の後ろの方でステージを見守ることにした。
『では、舞台発表に移ります。2年B組で、シンデレラです』
進行役の生徒のアナウンスが流れ、幕が上がった。
ステージ上にはシンデレラ役の臨也の姿。流石と言うべきか、代役とは思えない程堂々としていた。
臨也の登場に体育館がざわめく。
「あんな可愛い子うちの学校にいたっけ?」「今度B組覗きに行こうぜ」
そんな囁きがそこら中でされている。
臨也はカツラを付けてるし、シンデレラ役があの折原臨也だとはうちのクラスメート以外は知らないから、生徒が動揺するのも無理はない。
……実際、ステージで演技をする臨也は息を呑むほど綺麗だった。動く度にふわりと翻るスカートも、弾けるような笑顔も、切なげな顔も。一つ一つの動きに、表情に、鼓動が速まるのを感じた。
劇は順調に進み、いよいよ見せ場の一つである舞踏会のシーン。
練習していただけあって、門田との息はぴったりだった。
その姿は、まるで本物の恋人同士のよう。
「何だかお似合いだね、あの二人……」
と、どこかで女子生徒が呟いた。
「……っ」
息が詰まる。鼻の奥がツンと痛い。
(俺は……)
キラキラと輝いて見えるステージ上を見ていることが出来ずに、俺はその場を後にした。
階段を降りながらぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。脳裏には楽しげに踊る二人がこびりついて離れない。
「……くそ、」
(俺は、いつの間に、こんなにも臨也のことを――……)
20101018