(銀八先生×九十九屋先生)





さあ、と涼しげな風が吹いた。蝉の鳴き声の代わりに葉が擦れ合う音が聞こえる。いつの間にか夏は過ぎ去り、秋らしい天候が続いていた。
夏の間は太陽の陽射しが強くて避けていた屋上。久しぶりに出向いたそこには先客が居た。

「姿が見えないと思ったらこんなところに居たのか……銀八」

風に揺られている銀髪と白衣。煙草の煙。
こちらに気付いた銀八が笑みを浮かべた。

「あれ、奇遇ですねえ、九十九屋せんせ」
「わざとらしく先生と呼ぶな」
「ああ、真ちゃんって呼んで欲しいって?」
「……勝手に言ってろ」

相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。しかし、変なあだ名で呼ばれて心臓が大きく跳ねた自分自身にはもっと理解出来ない。

「次、授業ねえの?」
「ああ。お前は授業だろう?行かなくていいのか」
「あー、いいのいいの。テスト近いし予め自習だって言っておいたから」

ひらひら、と気だるげに手を振る目の前の同職者には呆れて溜め息が出る。
そういえば、と銀八は続けた。

「お前のクラスの平和島静雄くん?こないだ俺のとこに古典教えてくれーって来たけど、あの子そんなキャラだっけ?」
「それは……珍しいな」

静雄は勉強が得意な方ではない。確かに根は真面目な奴だが、わざわざ自分から出向いて教師に分からないところを聞くような生徒じゃない筈だ。

「周りがそろそろ本腰入れてきたから、それに触発されたってとこかね」

ああ、もうそんな時期か、と思った。

「三年の秋、か。まあ、ちょっと……いや、かなりスタートダッシュが遅れてるな、静雄の奴は」
「いやいや、うちの銀時なんか全然。家にこんな優秀な教師が居るっつーのに、なーんも聞いて来ないから」

銀時というのは銀八の弟の名だ。静雄ともよくつるんでいるのを見かける。ふと、廊下で騒ぐ静雄と銀時、その二人と仲がいい折原と土方が頭に浮かんだ。
4人が揃えばそれはもう騒がしくて仕方ない。だけど、あの4人がふざけあっているのを見るのも後数ヶ月で終わりなのか、と思うと胸にぽっかりと穴が開いたような気になった。

「九十九屋せーんせ?」
「…あ…ああ、悪い」
「どうかしたのか?何か深刻そうな顔してたけど」
「ハハ!そんな顔してたか、俺は?」

フェンス越しにグラウンドを眺める。部活動に励む生徒達の声を聞いていると、更に切なくなってきた。

「ま、何となく気持ちは分かっけどな」

銀八は吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けながら笑みを浮かべた。

「ほう……、俺の気持ちが分かるというのか?」
「同じ教師ですから」

教師らしからぬ発言を多々しているこの教師が、今はすごく頼もしい教師に見えた。
だからだろうか。銀八に話を聞いて貰いたかった。

「あいつらはここを去っていくんだよな」
「まあ、それは避けられねぇよ」
「俺はあいつらを見送ってやらないといけないのに……何でだろうな、寂しいんだ。ハハ、自分を情けなく思うよ、全く」

フェンスを掴んでいた手に、銀八の手が重なる。暖かくて安心する掌だ。

「寂しいって思ってんのは多分あいつらも同じなんじゃねぇの」
「……あいつらに限ってそんなことあり得るのか」
「おま、自分でそれ言う?九十九屋こそキャラじゃねぇだろ。折原、俺を置いてくなよ〜、とか言ってるお前を想像したら大分キャラ崩壊だぞ、おい」
「うるさい」

そんなこと自分が一番よく分かっている。キッ、と故意的に睨み付けてやれば、銀八はクスクスと笑った。

「からかってる訳じゃねぇよ。九十九屋はいい教師だって言ってんだ」

重なっていただけの手に指が絡まり、銀八の言動に顔が熱くなっていくのを感じた。

「お前は……、銀八は、俺から離れないでくれるか?」
「へっ!?」
「……!」

言って直ぐに、自分が恥ずかしいことを口走っていることに気が付いた。
咄嗟にフォローをしようとしたが、その前に銀八が口を開き、俺の耳元で告げた。

「俺は離れねぇよ。正直、お前ェが生徒じゃなくて良かったって思ってる。九十九屋とは、ずっと一緒に居てェ」
「……っ!何、言っ……!?」
「俺は本気」

ぎゅう、と銀八に抱き締められる。
学校の屋上で教師同士が抱擁、だなんておかしい。……おかしい、けど。

「……ありがとうな」

俺は銀八の背に腕を回した。


出来るならばこの場所で、この男と一緒に、ずっと生徒達を見守っていきたい。
秋風を肌で感じながら俺は思った。























20100901


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