夏休み最終日。
8月ももう終わるというのに、外からは蝉がうるさい程鳴いていた。時計の針は12時を示している。俺は一度上半身を起こし大きく伸びをしてから再び枕に頭を沈めた。明日からまた学校が始まるし、今日は心行くまでダラダラと過ごそう。二度寝を決め込んだ、その時だった。
蝉の鳴き声に負けないくらい大きく鳴り響いた携帯。電源を切っておくべきだった、と思いながらも枕元に置いてあった携帯のディスプレイを確認する。
画面には、見慣れた名前が映し出されていた。

「もしもし」
『もしもし、シズちゃん?おはよう!あ、もう12時だからこんにちは、かな?』

臨也からの電話だった。起きて直ぐに臨也の声が聞けて今日はいい日だ、と呑気に思っていたが、いつもより上機嫌な声音に気付いてしまった。何だか嫌な予感がする。

「何の用だ?」
『シズちゃん、今日暇?こんな時間まで寝てたんだから暇だよね?今起きましたーって声してる』
「だったら何だってんだ」
『夏休み最後の思い出、作ろうよ』
「は?」
『詳しくは俺の家で話すからさ。とりあえずうちに来てよ』
「あっ、おい!」
『じゃあねー』

ブツッ、と電話は一方的に切られてしまった。
こうして臨也に振り回されるのも慣れたものだ。
俺はがしがしと頭を掻きながらベッドから起き上がり、出掛ける準備に取り掛かった。

(俺、臨也に甘えよなあ……)

なんて、今に始まったことではないことを思いながら。





「やあ、いらっしゃい」

インターホンを押して直ぐに臨也が顔を出した。3日位前に祭りに行って会ったばかりなのに、もうその笑顔が懐かしい。
促されるまま家に上がらせて貰う。外は死ぬほど暑くて、クーラーがきいた部屋にほっと一息つく。

「飲み物持って行くから先に俺の部屋行ってて?」
「いや、手伝う。どうせ4人分なんて持てねえだろ」
「あれ?俺、ドタチンと新羅も居るって言ったっけ?」
「言われなくても分かるっつーんだよ」
「それって以心伝心?何か嬉しいなあ」

くすくすと笑う臨也に、不覚にも胸が高鳴った。
しかし残念ながら以心伝心ではない。何の前触れもなしに呼び出されるこのパターンはもう何度も経験しているのだ。
飲み物を持って臨也の部屋に行くと、案の定見知った顔が二つあった。

「やあ、静雄」
「よう」

既に部屋で寛いでいる新羅と門田。こいつらも急な臨也の呼び出しに応えてやったんだろう。新羅も門田も、臨也に相当甘い。

「で?今日は何の為に俺達を呼んだんだよ」

俺は空いているスペースに腰を降ろし、臨也に問い掛ける。
臨也は返事をする代わりに、ドサッとテーブルの上に何かを置いた。見覚えのある問題集の数々。それを見た瞬間、俺は悟った。

「おい、まさか……」
「うん、そのまさか。夏休みの課題、終わらなくてさ。手伝って欲しいなあ、なんて」

それを聞いて、まず門田が呆れがちに口を開いた。

「臨也。課題は計画的にやれとあれほど言っただろう」
「予想外だね。どちらかと言えば静雄の方が課題を溜め込みそうなのに」
「俺はちゃんとやったぞ」

新羅の言葉に心外だとばかりに反論すると、臨也がうんうんと頷いた。

「シズちゃんは根は真面目だもんねえ。見た目とは反対に堅実そうなところ、好きだよ」
「……うるせえっ」
「あはは、何照れてるのかなあ?」
「黙れ!」

誉められ慣れてない俺は、こそばゆい誉め言葉に思わず顔を赤らめてしまった。

「それで、あとどの位残ってるんだ」

課題の話から脱線し始めた俺と臨也を、門田が修整する。

「うーん……半分くらい、かな」
「結構あるな。さっさと始めるぞ」
「ドタチン、手伝ってくれるの?」
「その為に俺は呼ばれたんだろうが」
「もうっ!ドタチン大好きー!」

ほとんど抱き着くように門田に擦り寄る臨也。

その光景を見て、モヤモヤとした独占欲が募る。それを隠せるほど俺は大人ではない。臨也の腰に腕を回して、ぐい、とこちらに引き寄せた。

「わっ…、どうしたの、シズちゃん?」
「何でもねえ。時間が勿体ねえだろうが」
「静雄は京平に嫉妬しているんだよ……っ、いひゃいっ、静雄、いひゃいってば!」
「新羅、黙れ」

余計なこと言いやがって、と新羅の頬を思い切りつねってやった。
気が済んだ俺は新羅から手を離し、英語の問題集を開く。新羅も頬を擦りながら化学のプリントに目を通していた。

「ったく、手前は今まで課題放って何してたんだよ」

何気なく聞いただけだったが、臨也はぴくりとシャーペンを持つ手を震わせた。

「……笑わない?」
「くだらない理由じゃなけりゃあな」

すると、臨也は珍しく歯切れ悪く小さく呟くように言った。

「今年の夏休みはすごく楽しかったんだよね。シズちゃんやドタチン、新羅と色んなところに出掛けただろ?海も行ったし、祭りも行ったし、川遊びもした。次はどこに行こう、とか、何をしようとか考えてたら課題のこと忘れちゃったんだよねえ。俺、夢中になると他のことなんかどうでもよくなっちゃうタイプだからさあ」

一瞬、沈黙が流れた。門田も新羅も目を丸くしている。

「臨也も素直になる時があるんだね……」
「うるさいっ」

沈黙を破った新羅の言葉に顔を赤らめる臨也。

(くそ、可愛いこと言いやがって……!)

おかげで好きでもない勉強を手伝わされているのに、嫌な思い一つしなかった。





課題が全て終わったのは夜の7時過ぎ。4人で手分けしたから思ったより早く終わった。
大きく伸びをして一息ついていると、臨也が部屋の隅でごそごそと何か探していた。目当てのものが見つかったのか、臨也は満面の笑みを浮かべていた。

「ジャーン!花火!」
「そういや花火大会は行ったけど手持ち花火はやってなかったな」

門田の言ったことにキラキラした顔で臨也が頷く。

「でしょ?夏休みの最後の思い出にさ、やらない?」




臨也の提案に乗っかり、花火が出来そうな広い空き地にやって来た。この時間帯でも外は蒸し暑い。どこかの家で時折鳴り響く風鈴の音が少しだけ涼しげだ。

赤 黄色 緑 白
幻想的な炎の色と、火薬の匂い、噎せ返るような煙。
暑さも忘れて花火に夢中になった。

「ああ、セルティにもこの綺麗な花火を見せてあげたかったなあ!」
「シズちゃん、見てみて!三当流!」
「こら、臨也!危ないだろ!」

花火を見て同居人に思いを馳せる新羅と、三本の花火を手に持ち俺に近付く臨也、それを注意する門田。
火が消える前にまた次の花火に点火し、暫くの間辺りが明るく染まった。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら馬鹿なことをやって、腹の底から笑い合って。

「はあー、楽しかったあ。あとは線香花火だね」

やっぱり締めはこれだよねえ、と言いながら臨也は線香花火を皆に配った。

「静雄は線香花火 苦手そうだよね」
「あ?新羅、それどういう意味だ」
「あはは、冗談だよ、だからライターをこっちに向けないで下さい」
「臨也は得意そうだよな、こういうの」
「そういうドタチンも最後まで落とさなさそうー」

4人で談笑しながら、ぱちぱちと光るそれを見守る。隣にしゃがんでいる臨也は柔らかなオレンジ色の灯りに照らされ、息を呑む程 綺麗だった。

その内4人の間に会話が消え、線香花火が弾ける音だけが耳に届くようになった。心地よい沈黙。門田も新羅も、そして臨也も、笑みを浮かべていた。
今年の夏を振り返れば、楽しい思い出しかなかった。

(明日から学校、か)

この線香花火が落ちた瞬間、夏休みは終わってしまう。
学校は嫌いじゃない。
だけど、この夏が終わるのは惜しい気がした。

「ずっと続けばいいのに、夏休み」

臨也が拗ねたような口調で言う。

「……そうだな」


ぽとり
地面にジュッと音を立てて、火が落ちた。


















20100828




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