(※九十九屋さんが変態です)
今日も仕事は順調だった。家に帰ったらまずは風呂に入ろう。風呂上がりにはアイスを食べたりして。クーラーが効いた部屋で涼みながらパソコンに向かう未来の自分を想像しながら、俺は上機嫌で帰路についた。
しかしそれも束の間で、玄関の扉を開けた瞬間俺の機嫌は降下していった。
「やあ、折原」
「……何で居るの?呼んでないんだけど」
仕事で帰った俺を出迎えたのは一応恋人と呼ぶべき存在の男――九十九屋だ。
「何で?理由を聞いているのならそうだな……俺がお前に会いたかったからだ」
「……あっそ。お前が居ると暑苦しいから帰ってくれる?」
九十九屋の横をするりと抜けて、薄手のコートを脱いでそれをハンガーに掛ける。
「相変わらずつれないな」
するり、と後ろから抱き締められる。
首筋に九十九屋の吐息を感じた。
「……っ」
「折原の匂いがする」
「離せっ、今汗かいてるからやだ……!」
「それがいいんだろうが」
ぺろ、と首筋を舐められる。「ああ、少ししょっぱいな」なんて言われて。俺は体温が上昇するのを感じた。部屋の中はクーラーがつけてあるはずなのに、外に居た時より暑い。
「……!ばか!変態っ!」
いたたまれなくなって、ばしっと九十九屋の手を叩いて腕の中から逃れる。
「どこに行くんだ」
「風呂!」
「風呂なら俺も一緒に……」
「覗いたら絶交するよ」
「……絶交って……子供か」
九十九屋がくすりと笑った気配を背中に感じながら、俺は浴室に飛び込んだ。
少し温めのシャワーを浴びながら、九十九屋に舐められた首筋をそっと撫でてみる。
「……俺も、末期かもな」
あんな変態なのに、……嫌な筈なのに、こんなにドキドキする。俺も九十九屋の変態が移ったのかもしれない。
でも俺は知らなかった。九十九屋の性癖を、なめていた。汗くさい俺を抱き締めて、「これがいいんだ」なんて言うあいつはまだまだ序の口だったのだ。
◆
「ふう、さっぱりした」
浴室から出て、二階から下の階を覗いた。見たところ九十九屋の姿はない。きっと俺の部屋に勝手に入ってるんだろう。どうせ九十九屋が居るならパソコンを触っていても邪魔をされるだけだと思い、俺も素直に自室へと向かった。
「……」
「はあ、はあ、折原……」
「…………」
思った通り、九十九屋はそこに居た。居た、けど……、これは、どう考えてもおかしい。絶句。暫く呆然と九十九屋を見つめることしか出来なかった。
「え、つく、もや……?」
やっとの思いで声を絞り出した。
九十九屋は俺の声に反応してゆっくりと顔を上げた。いつもと同じ余裕のある笑みが浮かんでいる。
「さっぱりしたか?」
「……つくもや、」
「どうした?そんなところで突っ立って」
「は?え……っ、お前、何して……」
身体がわなわなと震える。頭がくらくらする。
あまりに飄々とした態度に、驚いている自分がおかしいのかと思った。
「ああ、これか?トイレに行った時にお前の下着が目に止まったもんでな」
九十九屋は下着を鼻先にくっ付けてにやりと笑った。今九十九屋の手の中にあるのは、さっきまで俺が穿いていたパンツだ。風呂に入る時に脱いだパンツ。それを九十九屋が何食わぬ顔で嗅いでいる。すう、と大きく息を吸い込む音。
九十九屋が、パンツを、
嗅 い で い る
真っ白だった頭の中が覚醒し、段々と目の前の光景を脳が受け入れ始めた。
「ねえ、何してるの!?意味が分からない!何で俺のパンツをお前が持ってるんだよ!」
「人間は欲望に勝てないとお前もよく知っているだろう?」
「狂ってる!人のパンツを嗅ぐなんて狂ってる!」
「言っておくがお前のだから興奮するんだぞ」
「嬉しくない!!」
「変な奴だな……。お前は俺のパンツを嗅ぎたいとは思わないか?」
「思う訳ないだろ!」
「……ほう」
九十九屋にぐいっと手首を引かれ、身体のバランスを崩した俺は床に膝をついた。ベッドに座っている九十九屋の股間が視界に飛び込んでくる。
「……っ、な、にすんだよ!ばか!変態!」
「お前の下着を嗅いでいたらここがこんなになってしまった……責任、取ってくれるよな?」
カチャカチャとベルトを外す金属の音が聞こえ、九十九屋は腰を浮かしズボンを脱いだ。下着を押し上げるそこが目に入り、かあっ、と顔が熱くなった。
「ほんっと、救えない変態だね……っ!」
「お前のせいでな」
後頭部を押さえられ、そのまま九十九屋の股間に顔を埋める体勢になってしまった。
硬いものが布越しに顔に当たり、更に精の匂いが鼻をついた。
「……っ」
「折原、……、好きだ」
耳の後ろを撫でられながら告げられる。
その、少し切羽詰まった声や、男の匂い、熱い吐息が、俺をも狂わせた。
気付けば俺は九十九屋の下着に鼻をくっつけ、すん、と鼻を鳴らせていた。
20100802
変態な九十九屋さん、通称変態屋さんが広まればいいと切実に思っています。パンツの日だからカッとなって書きました