(静臨+つがさい)
(臨也とサイケは一緒に住んでます)
(静雄と津軽は一緒に住んでます)
(折原家と平和島家はとあるマンションのお隣さん)
7月7日、七夕。織姫と彦星が一年に一度の逢瀬を許される日。自分の願いに思いを馳せる日。
そんな純粋な気持ちを思い出させてくれたのは、サイケだった。
「いざやくん、いざやくん!見て!願い事、書けたよ!」
七夕にはお馴染みの短冊を手に握りながら、サイケはきゃっきゃっと騒いでいる。何年か前に七夕がどういう日か教えてやって以来、サイケは毎年七夕を楽しみにしているのだ。
俺の住んでいるマンションでは、毎年管理人がエントランスに竹が飾ってくれて誰でも自由に短冊をぶら下げることが出来る。サイケは今年もはりきって願い事を書いていて、昨夜はいくつも願い事があるのに一つに絞ろうと葛藤していた。その姿は健気で無邪気だな、と思う。同時に少し羨ましいとも。
「昨日の夜からずっと悩んでたけど、結局サイケは何をお願いすることにしたの?」
「俺ね、つがるが大好き!だからずっと仲良しでいられますようにって書いたんだ!あ、でもいざやくんのこともシズちゃんも大好きだからね……?」
ぎゅう、と抱き着きながら照れくさそうに言うサイケは、やっぱり無邪気だと思った。純粋で、素直で、可愛らしい。
「俺もサイケがだーいすき。それ、後で笹に付けに行こうよ」
「うん!」
頭を撫でてやると、サイケはにこりと笑みを浮かべて頷いた。
◆
サイケと手を繋いでマンションの一階に降りる。既に七夕用の笹にはたくさんの短冊がぶら下がっていた。
「あ!つがるとシズちゃんだ!」
サイケの声につられてそちらに目を向ける。そこには見知った顔が二つ。一人は和服に身を包み、笹に短冊をつけている真っ最中。もう一人はバーテン服を着た男。
サイケの声に真っ先に反応したのは津軽の方だった。
「サイケじゃねぇか……!サイケも願い事書いてきたのか?」
「うんっ!つがるも?」
「ああ、サイケが俺のものになりますようにって書いた」
「変なつがるー!俺はもうつがるのものなのに。俺もね、ずっとつがると一緒にいられますようにってお願いしたよ」
「……っサイケ!」
人目を憚らずに抱き合うサイケと津軽は、まるで織姫と彦星の再会を思わせた。……と言っても、あいつらは昨日も会ってるんだけど。
そして俺は、バーテン服の方に声をかけた。
「やあ、シズちゃん」
「手前も付き添いか」
「ああ、シズちゃんも?シズちゃんは津軽と一緒に短冊を飾りに来たのかと思ったよ」
「誰がそんなガキっぽいことするかよ!」
「あははっ、でもシズちゃんなら有り得ない話じゃないでしょ?頭は中二で止まってるんだからさあ」
「手前!臨也ぁあああ!」
あ、ちょっと冗談が過ぎたかな、と思ったけど時既に遅し。シズちゃんのこめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいた。
あーあ、怒ってる。怒ってる。俺は何を投げられるのかと身構えた。
が、その必要はなかったみたい。
「サイケがいるから喧嘩はやめろよ、静雄!」
「……津軽」
「いざやくん、ケンカ、だめ!」
「サイケ」
俺とシズちゃんの間に割って入ってきたサイケと津軽にストップをかけられる。
「……じゃあ俺、先に帰ってるから。サイケ、津軽と遊ぶなら暗くなる前に帰って来るんだよ。サイケのことよろしくね、津軽」
彼が小さく頷いたのを確認し、俺は自分の部屋に戻った。
シズちゃんと喧嘩して、サイケ達に止められて、その後自己嫌悪。いつも同じことの繰り返し。
どうして俺は素直になれないのかな。
サイケのように素直になれたら、シズちゃんとの仲も良くなる?一歩、踏み出せる?
……なんて、女々しい自分の考えにまた肩を落とした。
◆
午後11時50分。
サイケはとっくに眠り、俺はサイケを起こさないようにこっそりと玄関のドアを開けた。
雨は降っていないようだった。
俺の記憶にある限り、晴れの七夕は久々だ。ここからではぼやけた星しか見えないけれど、きっと田舎なんかは綺麗な天の川が見えていることだろう。
街の賑やかな夜とは反対に、このマンションは既に静寂に包まれている。そんな中 俺が家の鍵をかけていると、その音に重なって別の誰かがドアを開ける音が隣から聞こえた。
そちらに視線を向けると、あっちも俺に気付いて怪訝そうに眉を潜めた。
「……シズちゃん」
「臨也……?何だ、手前どっか出掛けんのか」
「シズちゃんこそ」
俺達は互いに分かっていた。今からどこに向かうのか、何をするのか。
手に握っていた短冊が、全てを物語っていたから。
ああ、もう、何でシズちゃんに見付かるかなあ。
「俺は、あれだ、津軽がもう一つ願い事があるって言ってきて……」
しどろもどろになっているシズちゃんを見て安心した。気まずいのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「あー…、うん、もういいって、分かってるから。シズちゃんもお星さまにお願いしたかったんだよね?」
「て、手前こそその手に持ってるもんはなんだよ」
「……七夕の、短冊だけど」
「そう、か」
俺もシズちゃんも人のことを馬鹿に出来る立場ではないので、強く物を言えない。何だか会話がものすごく間抜けだ。
「……」
「……」
「あのよ、臨也」
「……何?」
「これ、付けに行くか」
「えっ」
意外だった。シズちゃんのことだから短冊をビリビリに千切って自分の部屋に戻るかと思ってたのに。
「んだよ、嫌なのか?」
「嫌じゃない、けど」
「なら早く行くぞ!」
ぐい、と腕を掴まれ、シズちゃんの後を着いていくようにしてマンションの一階まで降りる。
そこには相変わらず皆の願い事をぶら下げた笹が立っていた。
「ねえ、シズちゃんは何をお願いしたの?」
シズちゃんの背中に問いかける。だってあのシズちゃんの願い事だよ?気にならない訳がないだろう?
そしたら、
「……手前は何て書いたんだよ?」
って返された。
「俺が質問してるんだけどー」
「じゃあ、俺の見せっから、手前のも見せろ」
くる、とこちらに向き直ったシズちゃん。少しだけ顔が赤くて、真剣な目。
不覚にも、ドキっ、と心臓が大きく脈打った。
「そんなの、いやだよ」
「臨也」
「やーだっ」
「……臨也」
じっと見つめてくるものだから、俺はとうとうその視線に耐えきれなくなった。
「分かったから……、シズちゃんのも、見せて」
下を俯きながら自分の短冊を差し出す。
そして自分の短冊の代わりに差し出されたシズちゃんの短冊を手に取った。
さっきから五月蝿い心臓を宥めながら、それに目を通す。
――瞬間、かぁっ、と顔に熱が集まった。
「シ、ズちゃん、何、これっ」
「そのまんまの意味だ。っつか、手前、可愛すぎる……!」
「うる、さい!」
「うるさい、じゃねぇだろ?今こそこの願い事を叶える機会なんじゃねぇのか?」
「……!」
「俺のものになれよ、臨也」
ぎゅう、とシズちゃんに抱き締められる。少し痛いくらいに、きつく、きつく。
もう、ダメだ。いつもの強がりも、ポーカーフェイスも、出来ない。素直な気持ちが零れる。
「シズちゃん……、シズちゃんも、俺のものになって……」
シズちゃんの背中に腕を回し小さく呟くと、シズちゃんは俺の髪をくしゃりと撫でながら「もうとっくに俺は臨也のもんだ」なんて恥ずかしいことを言った。
願いは叶ったけど、折角だから短冊は飾ることにする。
「ねえ、シズちゃん。願い事ってこんなに簡単に叶うものなんだね」
「みてぇだな」
俺とシズちゃんがそれぞれ綴った願い事を眺めながら、俺達は静かに笑い合った。
(“臨也が俺のもんになりますように”)
(“素直になれますように”)
20100708
日付が変わってしまいましたが、七夕ネタです!夏の一大イベントの一つ!七夕、ラヴ!