(津軽×サイケ)




マスターが作った今回の新曲はデュエットのものだった。

「お疲れさん。また機会があったらよろしく頼む」

相手は俺と同じように着物を身に纏った男。少し伸びた薄茶色の髪を後ろに結ったそいつは、名前を九十九屋といった。
俺も九十九屋も和風曲調を主としていて、合わせやすいとの理由でよく一緒に歌っている。

「ああ、今日もありがとな」

ひらり、と九十九屋に手を振り、俺はその場を後にした。
そして早足で向かう。首を長くして俺の帰りを待っているであろう、愛しいサイケの元に。




間もなくして、三角座りをして膝に顔を埋めているサイケを見つけた。

「サイケ」

その背中に声を掛けると、ぴくりと反応を示す。サイケは直ぐ様 バッ、と顔を上げてタタっと可愛らしい足音を奏でながら駆け寄って来た。

「つがるっ、おかえり」

ぎゅう、と俺に抱き着くサイケを抱き締め返し頭を撫でてやる。

「ただいま」

「つがるっ、つがるっ」

サイケは俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けながら何度も俺の名を呼んだ。まるで泣き出しそうな声で。

「どうかしたか?」

「……寂しかった、つがるぅ、寂しかったよ……」

俺に頭を擦り付けたせいでピンク色のヘッドホンがズレたまま、サイケは顔を上げて切なげに告げる。

「遅くなって悪かった……。今日はもうずっと一緒に居られるからよ」

そう言いながらヘッドホンを直してやると、サイケはキラキラと目を輝かせた。

「ほんとっ?」

「ああ。俺だって手前と離れてて寂しかったんだからな」

「ふふ、つがるのさびしんぼさん」

「寂しがりなのはサイケの方だろ?」

「だってつがるが大好きだから、すぐ寂しくなっちゃうんだもん」

しゅん、と眉を下げるサイケが可愛くて、胸がきゅうっと締め付けられた。
これが“愛しい”という気持ちなんだとマスターに教えて貰うまで、俺は自分が変なウイルスに侵されてるんじゃないかと思っていた。今思うと笑ってしまう話だ。

「つがる……」

「今度はどうした?」

「俺、病気なのかなあ……、なんか、変なの」

サイケは自分の胸の辺りを握り締めながら下を俯いている。俺と同じように“愛しい”気持ちになってるのかと思ったが、直ぐに違うと気付いた。サイケも“愛しい”という感情がどういうものなのかマスターに教えて貰っていたし、何より表情がいつものサイケと違う。

「どう変なんだ?」

「モヤモヤするの……、つがるが他の人と歌ってると思うと、いやなの。自分がね、真っ黒になっちゃうような気がするんだ。なんでかな……」

サイケの説明を聞いても、ピンと来なかった。俺もその感情の名前は知らない。
サイケがすごく不安げな顔をしていたけれど、俺はサイケを抱き締めて背中を撫でることしか出来なかった。





「つがる、行ってくるね!」

「おう、行って来い」

あれから三日。サイケは相変わらず元気だから、とりあえず病気ではないんだろう。
今日はサイケの方が新曲の収録で、俺は留守番。いつものように発声練習をしたり気に入っている歌を歌ったりしてサイケの帰りを待つ。

『静雄、今大丈夫か?』

電脳空間越しからマスターの声が聞こえてきた。

「何だ?」

『次の新曲なんだが……』

もう新しい曲について考えているのか、と感心しつつマスターの話を聞く。
どうやら今度は和風ロックというのに挑戦するらしい。

「まあ、マスターが作る曲なら俺は何だっていいけどよ」

『でも歌いたい感じのがあるなら言えよ?』

「ああ、分かった」

曲の話が一段落した後、話題は自然とサイケのことになった。

「そういやサイケの新曲ってどういうの何だ?」

『ああ、今回はサイケもデュエットにしたんだぜ。リンダっつう奴で、ポップだったりロックだったり、バラードもしっくりくるし、ジャンルは多種多様だな。まぁサイケに合わせてアップテンポな曲にしたが』

「へえ」

『リンダは人懐こいし、サイケとも上手くやれると思ってな』

マスターは嬉しそうに話していたけど、俺の胸の内はおかしな感情が広がり始めていた。胸がちくりと痛む。愛しさが募った時の痛みとは違う、もっと別の何か。

「…………」

『静雄?どうした、急に黙って』

「マスター、俺、病気かもしれねえ」

『病気?』

ゆっくりでいいからどこがどうおかしいか話してみろ、と言われて俺は拙い言葉ながらも説明することにした。
サイケとそのリンダという奴が仲良く歌ってると思うと胸が痛むこと、苛々すること、自分が真っ黒になってしまう気がすること。
マスターに話していて、これが前にサイケの言っていた名前の分からない感情と同じだということに気が付いた。

『多分それは……嫉妬だな』

マスターが口にした聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「しっと?」

『ああ、病気じゃねえから安心しろ。サイケを他の奴に取られたくないとか、自分だけのものにしたいって感じてんだろうな。サイケが好きすぎて生まれる感情だ』

「好きすぎて……か」

『津軽はサイケを大事にしてるんだな』

「一番、好きで、大事だ」

『そうか』

あちら側で、マスターが優しく笑った気がした。

「ありがとうな、マスター」

『また分からないことがあったら言えよ?じゃあまた新曲が出来たら教えに来るな』

「おう」

マスターと別れて、俺はマスターの言葉を頭の中で繰り返す。

そうか、病気じゃねぇのか。良かった。
サイケも俺が好きだから嫉妬してたんだな。
そう思ったら勝手に笑みが零れた。


サイケが帰ってきたら思い切り抱き締めて、そして新しく覚えた感情の名前を教えてやろう。


俺は再び歌を口ずさみながら、サイケの帰りを待つことにした。






























20100706
信じられないほど楽しかったです…!!九十九屋さんや正臣までぼかろってるのは大目に見てやってください。市ノ瀬のただの趣味です。九十九屋さんが和風曲調なのも津軽の新曲が和風ロックなのもただの趣味です。あと、正臣をリンダ呼びしたかったんです。



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