自分でもどうしてこうなったか何て覚えていない。ただ気付いたら、

臨也を好きになっていた。


「ちょっとシズちゃん!それ俺がデザートとして買ってきたんだけど!」

屋上へと繋がる階段の踊り場。今日も新羅と門田、そして臨也の3人と一緒に昼休みを過ごしていた。いつも通り俺と臨也の喧嘩が始まり、それを慣れた様子で見守っている新羅と門田。

「あ?別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」

「シズちゃん、馬鹿なの?普通に減ってるじゃん!俺のプリン、シズちゃんの胃の中に消えてる!」

「プリンくらいでごちゃごちゃうるせぇよ」

「はあ!?何それ、自分がプリン食べられたら怒り狂うくせに!」

「俺はそんなことでキレねえよ」

「嘘!昨日だって俺がちょっとシズちゃんのメロンパンつまみ食いしたらすごい怒ってたじゃない」

「うるせえ!あれのどこがつまみ食いだ!ほとんどなくなってたじゃねえか!」

ぎゃあぎゃあと言い合いをする俺達に、新羅が呆れたような諦めたような笑みを溢す。

「毎日毎日よく飽きないね。最早感心するよ」

「お前等、それくらいにしとけ」

門田のストッパーがかかり、一度俺も臨也も黙りこくる。

今日の喧嘩の原因は、臨也がデザートに買ってきたプリンを俺が食ったことだ。プリンは既に俺の胃の中に収まり、容器には底にカラメル部分が少し残っているだけ。

「分かった。返せばいいんだろ、返せば」

俺はそれをスプーンで掬い、無理矢理臨也の口の中に突っ込んだ。

「むぐっ!げほっ、いきなり何するんだよ!?シズちゃんの行動って本当に意味が分からない」

「……うるせぇ、お前のもんは俺のもんなんだよ」

俺が密かに間接キスしちまったと喜んでいることを、臨也は知らない。知らないからこそ、臨也の言動は無邪気に俺の心を抉る。

「シズちゃんっていつからガキ大将になったの?あー、もう、ドタチンからも何か言ってやってよ。今日は俺何もしてないのに!」

門田のYシャツをくいくいと引っ張りながら助けを求める臨也。途端にモヤモヤと広がる嫉妬の渦。

「あー…、確かに今日は臨也は悪くねえな」

門田は臨也をまるで娘のように可愛がっていて、臨也を庇うことが多い。
それが更に俺の嫉妬を煽る。

「ほら!シズちゃん、謝ってよ!」

あー、気に食わねえ。気に食わねえ。
臨也が門田に頼ることも、門田が臨也に甘いのも。

「誰が謝るか!勝手に言ってろ!」

購買で買ったパンを引っ掴み、階段を駆け降りる。俺の背中を追うように臨也の声が聞こえていた。

「シズちゃんのばーか!」


(誰が馬鹿だ……馬鹿なのはアイツじゃねえか!俺の気も知らねえで!あー!うぜえうぜえ!)

ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き混ぜ舌打ちを漏らす。
いつも苛立っていた。自分自身に。
臨也に好きと伝えたらこんなくだらない喧嘩をしなくて済むんだろうか。喧嘩どころか話すことさえ出来なくなるかもしれない。
この関係を壊してしまうなら一生黙っていようか、なんてどっかの少女漫画みてえなことを考えてしまう。一歩が踏み出せない。
でも、気付いて欲しい。

(あのノミ蟲……!早く気付けよ、いつもはムカつくくらい勘いいくせしやがって!)


募る苛立ちと嫉妬のおかげで、午後からの授業は全く頭に入って来なかった。





放課後になる頃には、昂っていた感情も大分収まった。それは臨也の方も同じで、

「シズちゃん、帰ろー」

と、いつも通り俺のクラスまでやって来た。今日は臨也のクラスのホームルームの方が終わるのが早かったらしい。
下校も臨也と門田と新羅の4人で帰っている。が、新羅の姿が見えなかった。

「あ?新羅はどうした?一緒じゃねえのか」

「何か用事があるとか言って先に帰ったけど」

「そうか。門田も今日何かあるみてえで帰っちまったぞ」

ホームルームが終わった途端、門田は俺に用事があると告げて慌てた様子で教室を出て行ってしまった。

「そう。じゃあ今日はシズちゃんと二人かあ」

「んだよ、何か不満があんなら言ってみろ」

「ふふ、別に不満なんかないよ?ただシズちゃんと二人で帰るのって新鮮だなあって思っただけ」

「……そうかよ」

あんまり無防備に笑うものだから調子が狂う。
下駄箱に向かう途中も俺は変に意識をしてしまって、臨也が話しかけてきても“ああ”だとか“そうだな”だとか相槌を打つことで精一杯だった。


「ねえ、何か今日のシズちゃん変だよ?」

「ど、どこがだよ」

「ほらあ、何かどもってるし…………ん?」

下駄箱を覗いた臨也がおかしな声を上げた。そして次にとんでもないことを言った。

「ラブレターが入ってる」

靴に履き替えようとした俺の身体がぴくりと固まった。そして脱いだ上履きを再び履いて、反対側の下駄箱にいる臨也の元に駆け寄る。

「ラブレターだぁ?」

「うん、ほら」

ふつふつと沸き上がる黒い感情を無理矢理抑えながら平静を装い、ほら、と渡された封筒を眺めた。
薄ピンク色の封筒に、いかにも女子が書いたような丸い文字で「折原臨也様へ」と綴られていた。流石にハートのシールは貼られていなかったが、花柄の可愛らしいシールで封が止められていた。
一目でそれがラブレターの類いであると分かった。

「……物好きもいたもんだな」

臨也に手紙を返し、焦りや不安や嫉妬で声が震えないように呟く。

「何それ、シズちゃんひどーい」

けらけらと笑う臨也はどこか楽しげだった。誰だって、ラブレターを貰って嬉しくない筈がない。

「で、どうすんだよ、それ」

「うーん……シズちゃん、どうしたらいいかな?」

「俺に聞くなよ……勝手にしろ」

自分自身の言葉で、胸が痛んだ。
本当は止めたい。ラブレターなんて捨てちまえと言いたい。でも出来ない。俺には、歯を食いしばり、拳を握り締めることしか、耐えることしか、出来ない。

「そっか、そうだよね。何でシズちゃんに聞いたのかな。ねえ、シズちゃん、何でだと思う?」

「知るかよ……俺に聞くなっつってんだろ!」

人気がなくなった昇降口に、俺の声が響いた。
ハッと我に返った時には、臨也は下を俯き微かに身体を震わせていて。そして、小さく、だけどハッキリと告げた。

「だからシズちゃんは彼女が出来ないんだよ」

「あ?」

「シズちゃんのバカ!アホ!にぶちん!」

顔を上げた臨也は、泣いていた。

「手前、何泣いて……」

「うるさいっ!俺だって泣くつもりなかったけど……、もう、いい、何だっていいじゃんシズちゃんにとって俺はどうでもいい存在なんでしょ?」

「おい、臨也……?」

これは、おかしい。
予想外の展開に頭がついていかない。
でも頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
臨也を泣かせたくない。ただ、その一心で。

「……っシ、シズちゃん……!?」

「うるせえ、黙っとけ」

臨也の手の中にある手紙を奪い取り、手紙の差出人には悪いが――俺はそれをビリビリに破いて床に放り投げた。

「どうでもいい存在?ふざけんな、手前が気付いてないだけだろ……、お前こそにぶちんじゃねえか」

「えっ、何、どういうこと!?」

普段頭の回転が早い臨也がこんなに状況を飲み込めずに焦っているところは初めて見た。床にばらまかれた手紙の破片と俺を交互に見詰めて疑問符を頭に浮かべている。

「……そういうこと、だろ。そろそろ、気付け」

未だ状況を掴めていない臨也を再び抱き寄せ、力が入り過ぎないように抱き締めた。
おずおずと背中に回ってきた腕に安心し、俺もやっと臨也の想いに気付くことが出来た。













(ああ!僕のセルティが時間をかけて書いてくれた手紙があんなバラバラに!)
(新羅、お前もよくやるな。あの手紙が偽物だってバレたら臨也に殺されてたぞ)
(まあ、静雄が一緒ならこうなることは予想出来てたからね。もういい加減見てるこっちももどかしくなっちゃって)
(……それは同感だな。でもやっぱり寂しい気もするが)
(まあまあ京平パパ、静雄を認めてあげなよ。その内あの二人の甘い空気も日常茶飯事、尋常一様になるよ)
























20100614
「それはね、恋だよ」様に提出!



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